素敵な余生には、おいしいお酒を

第13話 ドラグーン宅急便 テト参上

「この世界にお酒ってあるの?」


 昼下がり。イケメンボイスのイルさんが立ち去ってしばらくののち、アッテリアが作った素朴なスープを食べている時だった。穀物と塩の味しかしないスープはまずい訳ではないのだが、決して美味しくはない。その塩分がこう、欲求させるのだ。


「この世界……?」


 口まで運びかけたスープを滴り落としながら呆気にとられているアッテリアは、なんとも言えない表情でこちらを見ていた。


「間違えた、この地域?」


 私はこの世界のことを何も知らない。異世界転生二日目にして、案内役不在の環境でドラゴンと山ごもり。見える景色はこの素朴な村と、石の畑と、そしてドラゴンの住処である神殿だけ。ちょっとやそっと歩いたくらいでは文化的な何かに出会えそうな気もしない、辺境の地だというのだけはわかる。


 アッテリアからもらう服は私の基準ではセクシー路線になってしまうのだが、この世界の常識で見た時にどうなのかもわからないので、尚の事外出する気になれない。

 

 いずれにせよあの地竜さんを長時間放っておく訳にはいかないのだけれど。


「アカネさんはたまに不思議なことをいいますね」


 爽やかな笑顔の中にも疑念が含まれている表情が痛い。


「お酒ならありますよ。麦を発酵させたものが一番人気ですね。飲んでみますか?」


「本当ですか!?」


 麦と発酵と言えばビールしか思いつかない。そのワードは私の胃袋を鷲掴みにした。


「と言っても、今家には無いんです。私はお酒を飲まないので」


 残念。私の胃袋が特に残念がっている。


「取り寄せましょうかね。今からなら夕刻には届くでしょうし」


 アッテリアはそんな事を言っておもむろに立ち上がり、窓のあたりに吊るされた鐘のようなものの紐をひっぱった。風鈴のような澄み渡った音が心地よい。


「取り寄せる……って、どうやるんです?」


 アッテリアはまたしても不思議そうにこちらを見る。いよいよもって私の世間知らずには得心がいったようでもある。

 転生管理員のハゲじいちゃんが基本的なことをちゃんと教えてくれればそんな評価をされることも無かっただろうに。


「どうって、ドラグーン宅急便ですよ」


 ドラグーン宅急便?

 そういえば昨晩見た資料にはドラグーンと呼ばれるドラゴンもいると書いてあった気がするけれど……。


「ちょうど色々切らしていたので、むしろいいタイミングかも知れませんね」


 そういってアッテリアは残りのスープのたらいあげた。


 そんな時。


 ――ヒィィィィン――


 微かに聞こえてくる音があった。


「ん、この音って……」


「来たわね」


 アッテリアは立ち上がって皿を重ね、台所へ持っていった。


 見る見る内にその音は大きく鳴っていく。なんだろう、戦争映画とかでよくある、爆撃機がミサイルを投下したような音に似てるんだけど……


 そして。


 ドォォォォォン!!!!


「うっわっ」


 アッテリアの家のすぐ近くに何かが落下した。またしても物凄い量の砂埃が立ち上がっている。本当に爆撃にでもあったんじゃないかと思ったのだが、至って冷静なアッテリアを見ているとどうも違うらしい。玄関に向かう彼女についていくと、そこには見慣れない生物が佇んでいた。そしてそれは、喋ったのだ。脳内音声で。


『毎度ご利用ありがとうございます! ドラグーン宅急便はテトをご用命くだしゃい!』


 脳内に届いたのはたどたどしさ残る幼女の声だった。


「毎度ご苦労さま」


 砂埃がおちついたころ、そこに見えてきたのは全身が黄色い体毛で覆われたドラゴンだった。


『いえいえぃ。アッテリア様のお呼び出しとあればどこへでも参りましゅよ!』


 そういって翼を広げる。なるほど、これがドラグーン。


 全長は3メートル程だが、翼を広げたその幅は5メートル程もある。立派な翼を備え、鷹とカンガルーが程よくミックスされたような外見は可愛らしくもあり、精悍でもある。天然の飛行機と言った感じだ。


 しっかしまぁ、喋り方の幼いこと。5才児と会話しているような感じだ。なんか無性に可愛い。


『おや。そこにいるお嬢様がエル様のあたらしい従者様ですねぃ?』


「あ、うん。そうなの。私アカネ。よろしくね」


『こちらこそでございましゅアカネ様! こんなお若い方が従者様なんて、ご立派でございましゅねぇ!』


 そういってにこやかに翼を広げる。ペットにしたい。


「テト。アカネさんがお酒が飲みたいんですって。それといつもの食材とか補充品、街まで行って買ってきて貰える?」


 アッテリアがテトと呼ばれたドラグーンの鼻をくしくし撫でながら言う。テトはずいぶんと気持ちよさそうにしていた。


『おお、お酒でしゅね! 今ですとララムの辺りがちょうど旬かと!』


「わかったわ、じゃあそれでお願い。買い出しもそこでしてきてくれる?」


『かぁしこまりぃー! テトをご用命ありがとうございましゅ! それでは貴方の翼となりて、ドラグーン宅急便、出発しまーしゅ!」


 そういってテトは首をくるんと回して、なにやらおしゃれっぽい挨拶に見えなくもない振りをしてから、翼をたたんで猛スピードで駆け出していった。


「はやっ!」


 あっという間に崖まで到達し、落下したかのように見えたが、数秒後には翼を広げたテトが空高く消えていくのが見えた。まるで戦闘機だ。


「はえー。あれがドラグーン……」


「こういう僻地へきちではドラグーン宅急便が便利なんですよ。誰かからの贈り物を届けてくれたり、こうしてお使いを頼まれてくれたり」


 なるほど、先程アッテリアが鳴らしていた鐘は彼らを呼び出すものだったのか。便利だなー。現世の宅急便システムより便利な気がする。特におつかいが。


 そしてふと私は思うのだった。


「お代金どうするんだろ……」

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