第12話 ドラゴンの親子喧嘩
暗い話題を終えて雰囲気を仕切り直し、神殿の巨大空間に到着した。いざ足を踏み入れる直前、イルさんは深呼吸していた。なんか緊張している?
「エルさーん。おはようございますー」
私はいつも通りのテンションで片手を上げて話しかける。
『……』
しかし岩の塊のようになっているエルさんは盛大にスルーだ。
介護職員の経験で身に付くスキルとして、これが寝ているのかシカトなのかを瞬時に判断できるようになる。本人はバレないと思っているのだろうが、こちとら夜勤であなたの爆睡姿を飽きるほど見ているんだからね、って話だ。
「ほらーエルさん、息子さんが来てくれましたよ―」
それでも寝たフリをぶっこくエルさん。強硬手段に出た私は、おもむろに体の隙間へもぞもぞと入り込んでいく。そして、その
「おはようございます」
私の頭ほどの大きさの眼球がぎょろっとこちらを見ている。
「起きないとこのままお目々にチューしちゃうから」
わざとらしく尖らせた唇を眼球に近づけると、流石に堪忍したのか、全身を震わせてムクっと起き上がった。私は反射的にその首にしがみつき、その頭によじ登った。
『貴様! 朝からなんて不快な!』
「シカトするからでしょ」
『降りろ、朝から重いわ』
「その私より重いうんちをお尻に手ぇ突っ込んで取り出してあげたのは誰ですかー」
『何? 尻に手を突っ込むだと? 貴様変態か! ええい降りろ、頭が
案の定、
「ほらエルさん。息子さんがいらっしゃってますよ」
『何を言うか娘。奴らはこんな辺境にはそうそう……』
エルさんは私の指差す先にイルさんの姿を認めると、目を細めた。イルさんは緊張した様子で、溜息をついた。
『父上。元気そうで何よりです』
大変ありがたいことにドラゴン同士の会話でもこちらの脳内で再生される事が判明。いったいどんな原理だ。
『ほう、よくぞ参った。一層逞しくなったな。……ウルよ」
ピシッ。と音が聞こえた気がする。
『私はイルです父上。あんな不真面目な弟と一緒にされては私の名が泣きます』
『そうかぁ? お前もあの子のように少しは可愛らしくなって欲しかったものだ。そんなんだから嫁の一人も出来んのだ。孫の姿も見せられぬとはとんだ親不孝者だ。ウルを少しは見習え』
ピシぃっ!
あー、なんかこれ嫌な展開のやつだ。
介護職員が同席しての親子の対面では度々、こういったまるで無意味ないざこざが発生する。利用者が恥ずかしがってつい悪態をついてしまうのだ。そしてそれは社会人としての体裁を大切にしたお子様側の態度によってエスカレートしていく。
『……お言葉ですが父上。王位を私に譲り年老いたか、品位まで失われているのではないですか? 私はともかく従者のアカネにも先の態度、ドラゴンとしてどうかと。それとも何か、父は多くの女達をそのように扱って来たのですか。道理で母の苦労も耐えぬ訳だ』
エルさんの聞きたくなかった女性遍歴が判明。昔はぶいぶい言わせていたらしい。
『うるさいぞ、イル。それは関係なかろう。だいたいこの娘は自分の顔を美人とか言ってしまうようなイタイ女なのだぞ? 我の好みではないわ!』
しっかりと覚えてるじゃねーか!
「そんなことイルさんの前で言わなくたっていいじゃん! だいたいエルさんが私に関心持ってくれないからでしょっ」
『おうおうおーう。そうして男のせいにするか。娘よ、娘じゃのーう。自身の魅力不足を相手のせいにするなどまだまだ子供、いやいや赤子よ』
「ひっど! もうお尻に腕突っ込んであげない!」
『ばっ! 誰がそんな事頼んだ! 突っ込まれた事なぞそもそも無いわ!』
私はか弱く嘘泣きしてイルさんの頭にすがりつく。ちなみにこの程度の言われようはおじいちゃんを相手にしていれば良くあることなので、ぶっちゃけ全然傷ついていない。むしろいざこざに紛れてイルさんに抱きつけた事のほうがラッキーだ。
……私はドラゴン相手にいったい何をやっているんだろうか。
『父よ……黙って聞いておれば……。アカネの厚意に対してなんたる言い草。男の風上にもおけぬ外道よ。見損なったわ!」
しかし正義感強いイルさんはしっかりと焚き付けられた。立派な牙を向いてエルさんを睨みつけている。
『今日こそはもう我慢できぬ! その
ガオー!
『貴様こそ父に対して何たる態度! 甘やかして育てた事を後悔したわ! 今一度父の威厳を見せつけてやろう。泣いても辞めてやらんぞ!』
がおー!
いい歳こいたドラゴン二匹が翼を広げあっていた。
これって私のために喧嘩してくれる? まるで少女マンガのヒロインみたい!
なんてアホな感傷にふけっていると、私の背後から何かが物凄いスピードで飛んでいき、エルさんの口内に見事吸い込まれていった。振り返れば、イルさんの口内に精霊石を叩き込むアッテリアの姿があった。
「ファアアアアアアアン!!」
「ファアアアアアアアン!!」
二匹のお腹が一瞬青白く光り、堪らず天空を向けて大口を開けていた。驚きのあまり、目をパチクリとさせている。
「お二人ともそこまで! ……もう! 毎回会うなり喧嘩は辞めてください! いったい幾度ここを壊せば済むんですか」
ぷんすかと仁王立ちするアッテリアがそこにいた。しおらしさは何処かに吹き飛び、無駄にエロいネグリジェはは
「アカネさんも。お二人を煽らないで下さい。……わかりましたね?」
「は、はい……」
実は一番怖いのはアッテリアなのではないだろうか。
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