第14話 ドラゴンのお酒事情

「ファァアアアアン!!」


 あれから数刻して、石の畑で地竜さんの夕ごはん用精霊石を採っている時だった。上空から何やら飛来していくる音が聞こえたので見上げると、太陽の中に影が見えた。


 とっさにしゃがんで頭を抱えると、私を通り越した後方20メートルくらいの所に突き刺さるようにして何かが落下してきた。


 ドォォォォォン!!!!


『ただいまもどりましたぁ! ドラグーン宅急便のテトでしゅ! アカネ様、おまたせー!』


 やっぱりテトだった。私を見つけるなり軽快な足取りでこちらに接近してくる。私と比べるとずいぶん図体が大きいので大型の馬に接近されているような迫力はあるのだが、人懐っこい様子でちっとも怖くない。首をくねくねさせているので、アッテリアがやっていたように鼻を撫でてやるとなんだかものすごく嬉しそうだ。


「おかえりなさい。早かったね」


『いえいえぃ、これくらい朝飯前でしゅよ! 従者様のお仕事とあれば最優先でやらせてもらいましゅ!』


 首元と背中には丈夫そうな布袋がいくつかと木製の樽のようなものがぶら下がっている。手がなくともこうやってしっかりと持ち運べるという訳だ。


「ねぇ、テト。私その、お金もってなくて」


 私がそう言うと一瞬驚いたが直後なんだか嬉しそうに翼をバタバタさせている。


『心配ご無用! 従者様への衣食の提供は国民の義務なのでしゅ!』


「え! そうなの!?」


『そうでしゅ! 代々精霊王に仕えるのは全ての生物にとって重要なお仕事! それを担う人族には知性あるもの全てが敬意をはらうべきなのでしゅ! もちろんそれに仕えるテトも大変名誉なことなのでしゅ!』


 なんと私の仕事は飲み食いの無料保証がされていた!!!

 なんて素晴らしいことなんだ!!


 現世では「介護職員って大変だよね…」と哀れみの視線を浴びせられ、やれ3K※だ給料安いだ散々な言われようだったが。この世界では尊敬される仕事だったのだ!


 うれしくて涙がでそうだ。


『だれでも出来る仕事ではないのでしゅ! 手のないテトじゃあできないのでしゅ。望んでも出来る仕事じゃないのでしゅ。アカネ様、これからも頑張ってくだしゃい!』


 そういって鼻を寄せてくるテトをくしくしと撫でてやる。それにしても人懐っこい子だ。


『じゃあ荷物はアッテリア様の所に届けておきましゅ! 旬のお酒を楽しんでくだしゃい!』


 そういってテトは小走りで駆けていく。玄関先にはアッテリアが待っていて、荷物を置いていくと、ジェット機のように駆け出して飛翔していった。



 $$$



「となると私の給料は無いって事か」



 興味が湧いたのでアッテリアに変わって巨大鍋をかき回していた時、ふとそんな事を思った。衣食が献上されるってあたり、なんとなく無給の予感がした。


「給料ならちゃんと出ますよ」


 横からヤギの肉を鍋に転がすアッテリアが言う。相変わらず露出度が高いのだが飛び跳ねて火傷とかしないのだろうか。


「その国が納める所の、税金ってやつですね。そこから支払われます」


「本当ですか? 衣食の補償もされて、お金も貰えるんですか?」


「ええ。流石に金貸しや百姓、奴隷商ほど稼げるわけではありませんが、少なすぎて困るということはないでしょう」


 となるとこの世界でいう竜の従者は国家公務員扱いなのか。精霊王というのはやはりとんでもない存在なのだなぁ。日本でいうと皇族に仕えるようなものなのかも知れない。


「お金はどこでもらえるんです?」


「街に行けば税務所があります。そこで申し付ければ、必要な分だけを渡してくれますよ」


「へぇー。現金管理はしないんだ」


「何分、ドラゴンの従者となれば、嫌でも僻地生活を余儀なくされますからね。そんな所ではお金を持っていても使えないですし、また盗難にあってしまう事もありますから。衣食は補償されている訳ですから、逆に街に行かないとお金は使わないんですよ」


 ほーむなるほど、それはよく出来ている。


「ところでドラゴンってお酒飲むんですかね」


 部屋の隅に置かれた酒ダルだが、実は先程から気になってしょうがなかったのだ。アッテリアは飲まないということだから私の独り占めでも良かったのだが、地竜さんに頂いた特権のようなものだ。感謝を込めておすそ分けしなければ。


「……飲みますよ。そのドラゴンによりますが」


 しかしアッテリアのテンションは低かった。あれ、何かまずいこと言ったかしら。


「人それぞれって事なんですかね。じゃあエルさんは?」


「それはもう大好きです。……しかしアカネさん」


 アッテリアは長い髪をばさっと後ろに放り投げ、私の肩を鷲掴みにするとなかなかすごい形相で私を睨みつけていた。美人が台無しを通り越して鬼だ。


「酒とは酔いがつきものです。エルさんは人の作るお酒が大好きで、それはもう大好きなのです。それを飲ませてあげられないのはなんとも可愛そう。私もそう思います。ですので止めはしません。しかし、しかしですよ。やるからにはそれ相応の覚悟をしてからにしてくださいね」


 なにやらすごい気迫だ。しかしなんとなくここまででわかった。これは利用者さんの奥さんが言うようなセリフだ。つまり――


「もしかしてエルさんって……」


 アッテリアはそのままコクっとうなずいた。


「ええ。酒癖が悪いんです。それはもう、ものすごく」


 元大地の精霊王、エル・キャピタンおじいちゃん。

 女癖と酒癖が悪い、典型的な破天荒おじいちゃんという事が判明した。


 しかしこの時の私は好奇心に支配されていて、どんなふうになるのか見てみたいという欲求が勝ってしまっていた。


 やめとけばよかったのになぁ。



※3K キツイ、キケン、キタナイの頭文字を取った蔑称。介護職、配管工、清掃員などこの三つの条件を満たす仕事は3Kと呼ばれて人気が無い。絶対に必要で尊い職業であるにも関わらず、新社会人の志望率は最底辺なのである。

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