第10話 イケボなドラゴンのお悩み相談

 不穏な単語勇敢に唖然としていると、背後から後頭部を押さえつけられた。何という怪力の持ち主なのだろうか、アッテリアは。


『よい。あの父の面倒を見てくれるのだ。この先の事を思えば、むしろ頭を下げねばならぬのは私の方だ』


 イケメンボイスのイルさんはそう言うと、前足を折って首を下げた。これは人間に対する竜族なりの礼なのだろう。しかし私の頭はアッテリアによってより一層強く地面に押さえつけられる。はたして彼女に「モノを軽くする魔法」は必要なのだろうか。おかげで「イルさんが頭を下げる」という事の重みは理解できたけど。


「そのような! お辞め下さいませ、イル様。大地の王たるイル様にそのような事をさせたと広まれば、私はこの世で生きてはいけません」


『ははは、大げさな。さて、娘よ、名前を教えてくれるか。これから深い付き合いになろう者の名も知らぬとは、居心地悪い」


 アッテリアの圧力から開放されて頭を上げると、心なしか爽やかに笑って見えるドラゴンの巨大な顔があった。どうやらイルさんは社交的な性格らしく、人間の文化にも親しいようだ。


「アカネといいます」


『アカネ、か。良い名前だ。早速だが父の所へ案内してもらいたい』


「え、あ、はい、わかりました」


 すぐそこなのになぁと思ったが、振り返ればアッテリアが何かもじもじしている。


『アッテリアよ。済まぬが私の分の朝食も用意してくれるか。父のしょくす飯を味わいたくなった。何、いつもどおり作ってくればいい。頼めるか?』


 アッテリアはやうやうしく頭を下げて家の中に入っていった。


『アカネよ。見た所、寝起きだったようだな。早朝に申し訳ない。支度が必要なら待たせてもらうが』


 そう言われて、私はハレンチな状態だとやたらエロいネグリジェのまま公然に立ち尽くしている事を思い出した。相手がドラゴンなのもあるが、転生直後で自分の身体という認識があまりないせいか、ちっとも恥ずかしくない。10代の頃の自分がこんな経験をしたなら、しばらく外に出られないだろう。


「イルさん、人間の文化にお親しいんですね」


『そうでもない。だが人の娘にとって恥じらいは大切と聞く。その身なりはかなりそれに反しているのではないか?』


「まぁ、本来なら……。私は大丈夫です。イルさんが見苦しくないのであれば」


 私がそう言うと、イルさんは目をまんまるにして、盛大に吹き出した。ちなみに吹き出すと「立派な咆哮と脳内笑い声の多重音声」になる事が判明。


『ははははは! アカネよ、お前は面白いな。私は竜だから人の裸体に特別な感情を抱いたりはせん。お前が気にしないならそれでよい。ではさっそく参ろう』


 イルさんに促されて神殿に向かう。イルさんは私の後ろから付いて来たが、途中、その長い首を伸ばして来た。イルさんの大きな頭部が私のすぐ側にある。その眼球たるや、私の頭より大きいかも知れない。


『アカネよ。お前、この世界の者ではないな』


 私はちょっとだけ驚いてその瞳を見る。


「わかりますか?」


『ああ。だが他の者には判らぬだろう。この世界とは異なる次元よりでし者と共存しているなど、夢々思うまい』


「バレたらまずいですかね」


『安心しろ。私が口外することは無い。アッテリアにもな。無論、バレずにいるほうがお前にも好都合だろう』


 どうやらイルさんはこれを確かめたくてアッテリアと私を分断したらしかった。立ち振舞までイケメンなんて、きゃっ素敵っ。


『そんなお前だからこそ聞きたい。父のあの様子についてだ』


「あの様子……?」


『お前たちの言葉では、ボケた、と言うのだろう。私の父はボケてしまったのだろう? お前から見て、どうなのだ』


「ああ、なるほど」


 私は立ち止まって辺りを見回してしまった。ここには私とイルさんしかいない。あまり大きな声で話すと洞窟奥のエルさん本人に聞こえてしまうので、そのでっかい頭に顔を近づけて小声で喋った。


「私の前世では、あれを認知症にんちしょうと言っています」


『認知症?』


「ええ。脳、って言って分かりますかね」


『それはわかる。多くの生き物の頭蓋の中に入っている臓物だろう』


「そうです。その脳が加齢と共に機能低下していった結果起きている症状が、認知症です」


 そうして私はイルさんに認知症の概要を説明することにしたのだ。

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