認知症と向き合う家族に私ができること

第9話 ご長男様、飛来にてご来所

 アッテリアの家から一番近い古民家が私の家になった。壁が四角くくりぬかれただけの窓の向こう側はすっかり夜の形相。嘘みたいにキラキラと輝く星空が綺麗だった。


 眼の前には数冊の古書がある。どれも分厚くくたびれていてるが、ドラゴンについてまとめられた貴重な本とのことだ。この部屋に案内される時、アッテリアと一緒に運び込んだ。要するに「勉強しとけ」という事だろう。


 私が着ている無駄にエロいネグリジェはそのアッテリアがくれたものだ。スケスケのうえ覆っている面積が少なく、果たして着衣物として機能しているのか疑問だ。しかし着心地は上等で、この地方の気候に合っているのかかなり快適だった。これならベッドと言うには粗末な寝床でもぐっすり寝られそうだ。何より今日は色々あって疲れた。


 寝床に寝そべり手を伸ばして一冊取ってみる。本には題名からその本文に至るまで見たことの無い文字で記されている。しかしこれまた不思議なことにすらすらと読めるのだ。転生すると脳内言語がローカライズされるらしい。どうせならこの世界の常識もインストールしておいて欲しかった。


 タイトルは「ドラゴンの生態」だった。学術書らしい硬めの内容を想像させる文体だ。ところどころ意味深だったり魔法的な言葉が登場し理解できない部分もあったが、とりあえず読み進めてみる。


 本によれば、ドラゴンは3つの要素によって大きく分けられるらしい。


 一つはドラゴン型か、ドラグーン型かの違い。地竜はドラゴン型。ドラグーンはより小柄で腕が無い代わりに発達した翼を持ち、飛翔能力が高いらしい。


 二つは人語を解すかそうでないか。高い知性を持たない種族もいるようで、たいていそういう種族はかなり小柄なんだそう。


 最後は精霊と結び付きがあるかどうか。エルさんは大地の精霊と結び付きのある地竜という種族で、その他にも火竜、水竜など属性に通じた種族があって、一方で全く無関係な種族もいるとの事だ。


 どうやらこの世界にはドラゴンがそれほど珍しくもなく普通に生息しているようで、その中でエルさんはかなり高位で特別な存在なようだった。人間に使われるのではなく人間を従えると言うのはやはり余程の存在なのだろう。


 勉強の苦手な私は眠気を感じて早くも古書を閉じた。まぁ今日の所はこれくらい知っておけばいいかな。


 私がこうしていられるのは、エルさんが夜間ぐっすり眠れるかららしい。私は胸を撫で下した。あの調子で不眠だったり徘徊癖があったなら、大変どころの騒ぎじゃない。あの巨体と飛翔能力で徘徊されたら誰がそれを静止できるのだろうか。


 私が生きている間にその日が来ないことを願いたい。



$$$



 ドゴォオオオオオオン!!!!


「えっ!? なになに!?」


 突然の轟音と振動に飛び起きれば辺りは既に明るくなっていた。気を失うように寝てしまっていたのだということも、自分が異世界に転生したのだということも、気づいたり思い出したりしたのは全て自分の乳を揉んでからだった。


 窓から頭を突き出せば、神殿の前にとんでもない土埃が舞っていた。私のそれよりも数段エロいネグリジェに身を包んだアッテリアが慌てて駆け出していくのを見て、私は訳も分からぬままに追いかけた。


「アッテリアさん! 何があったんですか? おはようございます!」


 緊急事態につき順序がめちゃくちゃだが、私がその背中に声をかけたのと、彼女がかしこまって跪いたのは殆ど同時だった。


 目前の砂塵は竜巻のごとく回転し上昇していき、次第に晴れていくその中心には巨大な黒い影があった。それは徐々に鮮明さを増していき、気づけば巨大な鋼鉄の塊が陽光を鈍く反射させていた。それは、竜の形をしていた。


『久しいなアッテリアよ。出迎えご苦労』


 超渋いナイスグレーな音声が脳内に反響した。声だけで恋が出来るレベルだ。


「お久しぶりでございます、イル様。お忙しい所、真に感謝致します」


『よい。父が世話になっている。そう堅苦しくなるな。お前と私の間柄だろう』


「もったいないお言葉にございます」


 黒とも銀とも言える巨体は吸い込まれるような美しさだった。エルさんの美しさも相当だったが、これは格が違う。前世で見た何よりも美しい存在。


『その者が新しい従者か』


 その精悍な目が私を見つめた。その顔つきでピーンと来た。このドラゴンが……


『娘よ。父が世話になる。私は大地の現王にして先代、エル・キャピタンの長男、イル・キャピタン。従者に挨拶に参った』


 巨大なドラゴンと女が二人。現世では見られない、とんでもない情景がそこにあった。


 え、でも今、勇敢って言った?

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