第8話 ドラゴンのお食事事情

「ドラゴンって普段どんなもの食べてるんですか」


 巨大な鍋の中身をぐるぐる回すアッテリアが、不思議そうに振り返る。


「ご存知無いのですか?」


 その驚きを見るに、知らないほうが非常識らしい。来るなり肛門に腕を突っ込むわ、乳丸出しで水浴びから返ってくるわで、ヤバい女と思われているだろう。私に罪はないのに。


「すみません、無知で」


 アッテリアは人差し指を立てた左手を頬にあて、首を傾げている。


「ここに来る方は事前に研修を受けて来ているって聞いていたのですけれど……。前任の方も殆ど何も知りませんでしたし、あっせんして下さってる方は何をやっているのかしら」


 あのつるっぱげジジイめ。いらぬ恥をかいたではないか。


「多くのドラゴンは人肉を好んで食べますよ」


「人肉!?」


 再び鍋に向かったアッテリアが何事も無かったようにとんでもない事をさらっと言った。


「けれどそれは荒くれ者達の話。知性ある精霊竜達はそんな事はしません。エル様の場合は、山羊の肉を少しと、この穀物のスープがその代わりです」


 鍋を覗き込むとクリームスープのような液体がコトコトと煮込まれていた。山羊の肉が浮かんでいるが、具はそれだけで容量の殆どはスープだ。ただし量がとてつもない。彼女が掻き回している鍋の直径は本格中華鍋の二倍、容量にして四倍以上。さすが巨体ドラゴンのご飯だ。


「あとは、精霊石ですね」


「セイレイセキ?」


「畑で栽培している石ですよ。ご覧になりませんでしたか?」


 そう言えば神殿の前に大小様々なカラフルストーンがいくつも転がっていたが。


「え、あれ栽培してるんですか?」


「ふふ、ちょうどいいですし、採りに行きます?」




 日もしっかりとかしぎ辺り一面は薄暗くなっていた。その中でこの精霊石の畑は幻想的だ。ライトアップされたバラ園と言った趣で、大小様々と言ってもその一つ一つが人の頭の三倍くらいは大きいが、うっすらと色合い豊かに輝いているのだ。どういう原理なのか空中に浮いているものもあり、そういう個体の方がより一層明るい。


「あの浮いているものが食べ頃なんですよ」


「え、あれ食べられるんですか?」


「いえ、私達人間には固くてとてもとても。これがエルさんの主食なんです」


「主食? さっきのスープは?」


「あれは前菜です」


 なるほど。それであんな粘土のようなうんちが出てくる訳か。動物性のものが極端に少ないのでうんちも臭くならないし、穀物と石の掛け合わせなんて天然の粘土と言ってもいい。妙に納得してしまった。


「せっかくなので、採ってみますか。浮いてるものをそのまま抱き寄せればいいだけですから」


 目前に青白く輝く個体があったのでさっそく近づいてみる。石には何やら紋章のようなものが掘られており、それがじわっと輝いているような感じだ。自然発光なんて摩訶不思議だが、その材質はやはり石にしか見えない。


 つんつん、と指でつついてみるが熱くもなんともない。怪我の心配はなさそうなので、それを抱き抱えようとした時だった。


「ファアアアアアアアン!!」


 石からよくわからない音が鳴った。


「え!? 何!?」


 まるで電車がホームに入ってきたのかのような爆音だ。私はびっくりして石を抱えたまま尻もちをついた。


「え? え?」


 なんかさっきよりも青白い光が強くなってる気がする。腹の上に置かれた石だがやはり重さは殆ど感じない。空気を入れた風船みたいだ。これだけ軽いのに風で飛んでいってしまわないところがまたまた不思議だ。


「ぷぷぷ」


 振り返るとアッテリアが手に口を当てて震えていた。あのヤロー。


「良い音でしたね。それは大物ですよ」


「説明してもらえませんかね……」


「精霊石は生物が触れるとその力が共鳴して音が出るんです。良いものほど大きな音が出るんですよ。それだけの上モノならエル様もきっと喜んでくれますよ」


 これが常識という世界に驚かされた。さすが異世界。ファンッタズィー。


 他にも、食事の用意ができたと言って巨大な鍋を軽々と持ち上げるアッテリアにかなりヒイたが、「物を軽くする魔法があるんですよ」とウィンクして教えてくれた。先に言ってほしかった。



 神殿に向かうとエルさんが文字通り首を長くして待っていた。


『飯か』


「エル様、お食事をお持ちしましたよ」


『なかなか良い音をしていたな』


「ええ、今日はアカネさんが採ってくれたんですよ」


『そうか。では頂こう』


 エルさんは私が採ったことには関心が無い様で、差し出されるなり鍋に直接顔を突っ込んでいた。スープをたっぷり堪能した後、私の胸の前で大口を開けてきたので精霊石を放り込んだら一口で丸呑みしていた。ごくん、という音の後、体の中から「ファアアアアアアアン!!」と聞こえるのがシュールだった。

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