第7話 ヴィーナスかぶれとドラゴン

 エルさんの後ろ足は好調そのものだ。私を乗せてのっしのしと順調に湖畔まで歩いていく。私二人分以上の排泄があったものだから、こうして背中に私を乗せていても差し引きで軽量化されているのが大きいのだろう。


「おー眺めいいね」


 村を出て山道を行けば比較的すぐに湖畔に到着する。体感で10分もないだろうか。遠方に青々とした山々があり、微妙にかしいだ日差しを湖面がキラキラと反射させている。なんとなく日本の日光は中禅寺湖ちゅうぜんじこの風景に似ているせいか、妙に安心してくつろげる。なんだか異世界という感じがしないなぁ。


 そう思って自分の乳を揉むが、やはり以前と比べて張りとボリュームがグレードアップしている。残念ながら異世界転生は本当なのであろう。若返ったんだから良いのかも知れないけど。


『我が一生最後の地と決めた場所だ。骨を埋めるにちょうどいい』


 湖畔を少し迂回すると緩やかな斜面になっている箇所があった。そこからなら無理なく入浴できそうだ。エルさんは私が指示することなくそこに悠然と向かっていく。


「なに、自分の死に場所とか考えてるの?」


『生物は忽然こつぜんと生まれやがて死ぬゆくが、選べるのは死に場所だけだ。それをせぬ理由が我にはわからぬ』


「へー。しっかりした考えを持ってるんだね。でも考えるのあと10年は早くない?」


『当たり前だ。10年など欠伸あくびをしている内に過ぎるわ』


 思わず人間の尺度で言ってしまっていることに気づく。ドラゴンの寿命ってどれくらいなんだろうか。


「ねぇエルさん、今いくつなの」


『歳など数えておらんし覚えとらん』


「ざっくりいうと?」


『……600年くらいか』


「600年!?」


 とんでもない数字に思わず声が裏返った。さすがはファンッタズィー。


『何を驚くことがある。主ら人族も体の割に長生きであろう。我は主らの10倍は大きい。ならば10倍生きてもおかしくないだろう。考えれば分かることだ。主は頭が足りぬようだな』


「すみませんね。大事な所が顔と乳に行ってしまったようでさ」


『………』


「ブレないねエルさん」


 そうこうしている内に斜面に到着する。さて水をかけてあげると約束したものの、あたりを見回しても水を汲めそうなものは見当たらない。どうしたもんかと思っていたら、エルさんは足取りを緩めずそのまま湖にゆっくり突入していく。


「あれ、いいのエルさん」


『ん? 水浴びをするのであろう? ならば入るしかあるまい』


 さっきまでの駄々はどこかへ行ってしまったようだ。本人がやる気なのだからむしろラッキーだ。こういう時は相手に合わせていくのが認知症介護のセオリーだ。


「そうだよね。私なんか勘違いしちゃってた」


『おかしな娘だ。早くもボケとるのではないか? 我を見習え』


「……余計なお世話よ」


 そうこうしている内に地竜さんの巨体がみるみる水に浸かっていく。背中にまたがる私の足が半分水に浸かろうかという所、地竜さんは急に水面に首を突っ込んだ。


 何をしているんだろうと思っていたら、ガバっと首を上げ、私の上から大量の水をドバっと吐き出した。


『冷水で頭も覚めよう。ボケも直って良いのではないか』


 アッテリアに見繕ってもらった薄手の民族衣装はあっという間にずぶ濡れになった。衣服越しに乳首が透けている。


「おお、これはエロい。見てみて、女神みたいじゃないこれ」


 自分の体だが自分の体では無いような若いその体に、女の私が興奮する。やはり若さというのは素晴らしいのだ。


『……くだらんこと言ってないで、ほれ』


「わ、ちょっと、わっ」


 地竜さんは濡れた犬みたいに背中を揺らし、私を湖に振り落とした。


 ドボーン。


「ぷはっ。もー! 乱暴!」


『約束だ。しっかりとやってくれ』


「……そういう事だけは覚えてんのよね」


『なんか言ったか』


「なんでもないよ」


 結局私は水に浸かりながら地竜さんの体を手のひらで丁寧に洗っていった。その間幾度か水鉄砲を食らったり振り落とされたりしたけれど、まぁ地竜さんもまんざらでは無さそうだったので良しとした。

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