第5話 レッツ TEKIBEN

「はいエルさーん、ちょっとお尻見せてねー」


 疲れたのか横に倒れたまま動かないエルさんは、脳内音声の送信ボリュームを少し上げてきた。


『なんぞ小娘。何故尻を見せねばならぬ』



 摘便てきべん。その内容は字面の通り、体内に溜まったうんちを摘出することを言う。


 どうやって?


 答えは至って簡単。肛門に直接指を突っ込んで掻き出すのだ。


「知ってた? エルさん。お尻って結構健康状態がわかるんだよ」


『知らん。好き好んで尻を見るなど、小娘、恥を知れ』


 摘便は基本的に看護師が行う。私は看護学校を卒業しているので自分でやってしまうことが多かった。


 筋力が低下していたり下半身不随の場合、直腸の筋肉が正常に機能しないために硬いうんちを排出することが出来ない。特に水分が不足すると直腸が水分を吸収して硬便こうべんになり、それが肛門に蓋をするような格好になっていることがある。それを指を使って掻き出し、排便をサポートするのだ。


「はいはい、すぐ終わるからねー。……って」


 地竜さんの尻尾のあたりからなぞるように見ていくが――


 無い。肛門が。


「そもそもドラゴンの肛門ってどこよ……」


 ちなみに人間が相手でも肛門が見つけられないことがある。何を冗談を、と思うかも知れないが、特に肥満がひどい場合、運動不足などで固くなった肉で肛門が埋もれてしまい目視できないなんてこともあるのだ。そんな状態では排便後の肛門を清潔に保つのは難しい。


「しっぽの付け根にはない、か」


 というか、ドラゴンってそもそも何科の生き物なんだろうか。皮膚の感じは爬虫類のそれだが、骨格はどちらかと言えば犬のそれに近いように思える。それでいて背中には巨大な翼がついていて、それはコウモリの翼のように骨が通っているし爪も飛び出している。キリンのように非常に長い首を持っているが、獲物を丸呑みにしたら胃袋に入るまでは呼吸ができなそうだ。


 まぁ今はそんなことはどうでもいい。探しているのは肛門だ。


「となると、あるのはここかな」


 岩のような後ろ足の皮膚はたるんで重なり合っていた。ちょっと怖いがその間に頭を突っ込んで見る。


「お、これだ」


『むふ』


 尻尾の付け根側ではなく、後ろ足の間にそれはあった。皮膚の皺の迷彩効果も合わさって非常に見つけにくい状態になっていた。お尻の穴は図体に等しく巨大で、そのまま私の頭が入ってしまわなかったのは幸運だと思う。不思議と臭くないのもありがたい。


「じゃあエルさん、じっとしててねー」


 私は右手の指をぽきぽきしてから、そこへ腕を突っ込んだ。


『うっふぉ!』


 それを見た巨乳の女は泡を吹いて倒れてしまった。神聖視しんせいしし仕えてきたあるじの肛門に腕が突っ込まれるという衝撃的な場面に、意識を保てなかったらしい。


『小娘貴様! 何をするか!』


「はい我慢してねー。おーこれはこれは」


 粘土のような感触のそれを押しのけるように突っ込むと、あっという間に肩まで飲み込まれてしまった。流石の巨体、直腸まで大きいらしい。手首を返すとそのまま腕を引っこ抜いた。


「っせーの!」


『おおおおおおおおおっ』


 流れ出てきたのは粘土そのものとしか言いようのない物体。一体何を食べていたらこんなものが出てくるのかわからないが、私は何度もそれを繰り返した。


「ほら沢山でてくるよー」


 生暖かな粘土に腕を包まれる感触はまるで泥エステを受けているかのようだ。


「はい、よく我慢したねー」


 終わってみれば、それは私二人分くらいの大きさの山となっていた。相当な重量である。私の身体は右半分が真っ白になっている。


 私は自身の成果を眺めながら得心していると、エルさんは逃げるように後ずさりして、気づいた時にはしっかりと立ち上がっていた。


「あ、立てた」


『小娘! 貴様許さぬぞ』


「立てたじゃん、エルさん」


『何を!?』


「ほら、さっきまで立てなかったのに、立ててるじゃん」


 地竜さんは目を文字通り丸くしている。

 この勝負、私の勝ちだ。


『何を訳のわからぬことを。我は最初から立てる』


「はいはい。よかったね。また調子悪くなったらやってあげるからね」



 目を覚ました女は私のその姿に驚きながらも泉へ案内してくれた。泉へ飛び込み身体を清潔にすると、右半分だけがやけにスベスベになっていた。

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