高齢ドラゴンに私が出来ること
第4話 地竜さんのお悩み
女が立ち去ってしばらく、私はエル様と呼ばれたドラゴンの胸にもたれかかり会話していた。岩のような肌だがどことなく暖かく、呼吸の度に深く振動するのが中々心地よい。
「じゃあエルさんは地竜の王だったんだ」
『そうだ。それも息子に譲って随分になる。あの頃はまだ世界がここまで平和では無く、我は世界中を周り大地に恵みを与えてきたのだ。いつしか
「うんうん、そっかー」
エルさんの話は堂々巡りしていて、この世界中で活躍したくだりはもう三回目だ。アルツハイマー型認知症によく見られる症状で、一般的な痴呆にも見られる、いわゆるボケだ。話している最中どこまで話したか覚えておくことが出来ないので、会話中に似たようなセンテンスが出てくるとそこから特に印象的な話題へと話が飛んでしまうのだ。エルさんにとって世界中に恵みをもたらしたその功績は誇りなのだろう。
この世界でいう従者がどんな仕事を指すのかわからないが、転送管理員のおじいじゃんは「介護士」とはっきり口にしていた。介護が仕事なら、まずは相手を知らなくてはならない。そしてそれ以上に大事なのは相手に信用される事だ。こうした何気ない会話にはそういう大切なプロセスが含まれている。
「ねぇ、エルさん、何か調子悪いところとかない? 元気?」
私は会話の節目に差し込むようにして聞く。随分と長い間話し相手がいなかったのか、こちらの申し出には快く応じてくれる。
『調子だと? 悪いところなどあるはずもなかろう。我は地竜なるぞ。どれ、この通り』
そう言っておもむろに立ち上がろうとする。彼は前足と首を伸ばして体を持ち上げるが、どうにも岩のような後ろ足が芳しくないらしく、スムーズに持ち上がらない。
「あ、いいよ。元気なのはわかったから、無理しないで」
『何を言うか小娘。体などピンピンしておるわ。見るがいい、これが地の王の威厳――」
そう言いながら無理に腰をあげようとした瞬間だった。膝が抜けるようにしてお尻が地面につき、
ドシーン。
エルさんは見事に横転してしまった。
「あーもう言わんこっちゃない。大丈夫?」
これが人間ならただ事ではない。
『むぅ。小娘、我を
地面に伸びた首から頭だけをこちらに向け、ぎろっと睨んでくる。
「そんなつもりはないよ。あたしが無理させちゃったからだね。ごめんね。起きれる?」
エルさんは首を思いっきり捻って反動で起き上がろうとするが、下敷きにしてしまっている前足がうまく地面に引っかからずに起き上がれない。というより地面の方がその度に削れていってしまっている。
『できる』
「……できないでしょ。力を貸すよ。っても、えーと……」
目の前には全長10メートルを越そうかという巨体。地竜というだけあって岩のような体は見るからに重そうだ。下になっている側に私が入ろうものなら重さで潰れてしまうかもしれない。異世界に来てまで巨体に轢かれるのは抵抗があった。
『腹が重い感じがする』
ちょうどそこへ女が戻ってきた。先程の転倒の音を聞いたのだろう。
「あー。エル様横になっちゃいましたか。こうなるともう大変で……」
女の手元には何やら薬草のようなものがある。これがドラゴンの主食なのだろうか?
「あ、これは薬草です。下剤効果があって。エル様、もう10日も便が出てないんです」
「10日もですか?」
それが人間なら一大事だ。
「ところでドラゴンって、だいたいどれくらいの頻度で排便するんですか?」
「他のドラゴンはあまり良く知らないのですけれど、前任の言葉では3日に1回くらいは出ていたと……。ここ最近出が悪くって、ほら、動かないでしょう? それもあると思うんですけど」
『腹が重たくて邪魔なのだ。なんともならぬ』
「ちなみに一回の大きさってどれくらいです?」
女は薬草を下に置いたあと、両手を大きく広げて円を描いた。なるほど
「それが10日分。3日に1回が普通だからだいたいその3倍か。それじゃあ腰も重いわけですよ、エルさん」
『なんだ小娘』
「うんちが出てないから体が重いんだって! いつしたか覚えてる?」
『大便など毎日出とるわ。先にもでた。だから腹が減るのだ。飯はまだか』
「そんな状態でご飯食べたらお腹破裂しちゃいますよ。うんち出してからにしようね」
『冗談も休み休み言え。腹が破裂するなど
言葉だけは元気なエルさんだが先程から何度やっても立ち上がれなかった。
人間の高齢者の場合、大便がうまく排出できないと腹圧があがり周囲の臓器に影響を与えることがある。多いのが歩行への影響で、股関節周辺の筋肉へ悪影響を及ぼし歩行が不安定になったり、認知症が進んでいる人だとあからさまに歩かなくなったりする。こうなると負の循環だ。
こうなればやれる事から試してみるしか無い。
「ココらへんに水浴びできる場所はありますか? 出来るだけ大量の水があったほうがいいのですけれど」
私は女に訪ねた。
「ええ、ちょっと歩いた所に湖があります。私もそこでよく水浴びをしています」
「そっか、ありがとう」
そこまで聞いて私は覚悟を決めた。腰に腕を当てて「よし!」と気合を入れたら、勢い良く肌着を脱ぎ捨てた。
「いっちょ、
私は乳丸出しのまま腕をぐるぐると回した。
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