第3話 ドラゴンさんとご対面

 おじいちゃんの一言で辺り一面の景色ががらっと変わった。


 目前にはド田舎を思わせる山道が続いており、果てには村のようなものが見える。左を見れば緩やかな崖とその先に海、右手は山の頂上が遠方に見える。すり鉢型になっているから、噴火したことのある大きな山のようだ。


 私は自分の乳を揉んだ。幾分大きくなっている気がする。手触りの違和感にその身を見下ろせば、柔らかい綿のような素材のシャツとスカートを履いていた。いったいいつの間に着替えたのだろうか。スカートなんて高校以来履いたことがない。しかしそこから見えるのは浮腫むくみの無い白い足。その柔肌は10代の頃の私よりキレイかも知れない。鏡が無いからわからないが、どうやら私は幾分若返って転生したようだった。


 見渡した限り人はいないようなので、とりあえず目前の村へ向かってみることにする。山道は中々の傾斜だが、日々の仕事で鍛えられた足腰にとっては余裕だ。身体の使い方のコツを掴んでいるのだ。若返っているからかも知れないが、足取りは現実のそれより軽い気がする。


 歩きながら、ふと考える。

 私が死んだという事は、林さんも亡くなったのだろうか。


 恐らく私は、階段下であの巨体の下敷きになったのであろう。記憶が無いという事は即死だろうから、首の骨でもやったのかも知れない。私の身体がクッションになって林さんが無事、ならばまだ救われるところだが、あの高さだ。良くて大腿骨だいたいこつ骨折、悪ければ骨盤骨折。いずれにせよ二度と歩けまい。思い返せば後悔しかない。


 さて村に到着したが、人影はない。あたりには古民家が数軒あるが、歴史の教科書で見たような外見で、嵐が吹けばそのまま飛んでいってしまいそうだ。奥の更地には不思議な色合いの石があちこちに並べられ、宙に浮いているものすらある。石の畑と言ったほうが正しいか。


 その先には神殿のような建物があった。石が何段にも積み上げられたそれはピラミッドようで、その入口も随分と大きく設けられている。そこに人影があった。私は発見した第一村人に向かって手を振りながら小走りした。


「すみません」


 人影は女だった。品の良い佇まいだが、水のように透けるドレスから嘘みたいな巨乳がこぼれそうだ。髪の毛は金色だし耳が長いし、しかも超美人。まるでアニメの世界のような容姿に、私は異世界というものに納得した。そして私は自分の乳を揉んだ。


「何がなんだか全然わからないんですが、ここはどこでしょうか」


 私がそう言うと、女は両手を合わせて神にでも祈るかのようにひざまずいた。


「ああ、貴方様が新しい従者様なのですね。お話は伺っております。ようこそおいで下さいました。さっそくどうぞ、奥へ」


 と、質問には答えてもらえなかったが事情が判る回答をもらったので渋々ついていく。


 神殿の中はそこそこ暗いのだが、壁に埋め込まれた不思議な石がぼんやりと輝いていて奥まで見通せた。最奥には外からではわからないくらい大きな空間があり、その天井には明るい石がびっしりと埋め込まれている。眼の前には芝生が生い茂っており、その中央に、不思議な光沢を放つ一際巨大な岩の塊が置いてあった。


「エル様。新しい従者をお連れしました。今日からエル様のお世話をしてくださいますよ。お顔をあげて下さい」


 女がひざまづき大きな岩に向かって話しかけている。しばらくの間の後、不思議な光沢を持つその岩が、ゆっくりと動き出した。


 それは見る見ると形を変え、いつのまにか長い首と大きな翼、岩石のような足に宝石のような爪を持った竜の形になっていた。とてつもなく大きく、翼の両端の全長は10メートルはあろうかと言ったところだった。


 直後、大きな咆哮ほうこうが空気を揺らした。不思議と身体に心地よく響く。耳に全然刺さらない不思議な音。広げた翼は石の光を浴びてキラキラと輝いている。


 ――これがドラゴン。


 なんて美しいんだと思った。


 ドラゴンの首がこちらを向き、その目が私をギロっと睨んだ。


『……飯の時間はまだか』


 直後脳内に聞こえてきたのは老人の声。それも大分歳だ。


「エル様。お食事は先ほど召し上がったばかりですよ。次は夕ご飯です」


 女が優しく話しかけると、ドラゴンは首をかしげて驚いている。


『何を言うか小娘。飯等食べておらぬ。こうして腹も減っておるし、さては貴様、我にいじわるをしておるな。ところでここはどこだ』


 私はそれを見てピーンと来た。隣の女がやさしい笑顔でこちらを見ていた。


「エル様、お歳で……。その、ボケちゃってるんです」


 私が初めて出会った美しいドラゴン。

 ――地竜王エル・キャピタン。

 

 彼は高齢のあまり、認知症を患っていたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る