第2話 転生担当員はおじいちゃん

 気が付けば、異様な空間にいた。


 どこを見回しても真っ暗なのに、自分の身体は不思議と良く見える。足元からは青白い光を放つ謎の紋章が浮かび上がっていた。


 夢でも見てるのかな。


 そう思って私は自分の乳を揉んだ。私には事ある毎に自分の乳を揉んでしまうという変なクセがあった。これが不思議と落ち着くのだ。決して豊満ではないが普段通りの安心感をその手に得た私は、これが夢ではないことを知った。


 振り返ると小さな勉強机と椅子が浮いており、そこに綺麗に禿げ上がったおじいちゃんが座っていた。机の上には取調室にありそうな電灯が一つ。その光をおじいちゃんの頭が照り返していた。


「おお、目が覚めたかい、お嬢ちゃん。ようこそ、死の世界へ」


 おじいちゃんは絵に描いたようなぐるぐる眼鏡を直しながら言った。


 死の世界?


 尋常ではないその言葉に、私は思わず彼の認知症を疑った。しかしこの世界の有り様を見れば、むしろボケているのは私の方なのかも知れない。


「すみません、ここはどこなんでしょうか」


 おじいちゃんは不思議そうに顔を傾げ、アゴを掻きながら言った。


「死の世界、と言ったばかりだよ、お嬢ちゃん。大丈夫かい? ボケるにはまだまだ早いよー、ほっほっ、ゲフォッ、コホ」


 と最後の方はムセ笑いされた。なんか複雑な心境だった。


「オホン。お嬢ちゃん、異世界転生、って知ってるかね?」


 異世界転生。


「……アニメとかゲームとかで定番の、ファンタジーな世界に生まれ変わるやつですか?」


「そーだよその通りじゃ、ザッツライトぉ。お嬢ちゃんは今から、そのファンッタズィーな世界に転生するんじゃよ」


 この展開は聞いたことある。若い男性職員が夜勤の時に熱弁していたのを思い出した。なんでも最近の流行らしい。


「ということは、私は死んだ、という事ですか?」


「そう、だから死の世界。そしてここは転生管理所。お嬢ちゃんの足元にあるのが転生陣で、その管理人がワシ、ということじゃ」


 聞いた展開と同じだった。どうやら人間は死んだら転生するという機会が与えられるらしい。でもそれって大抵転生するのは男の子だし、その管理人とか言うのも非常識なくらいの巨乳の美少女が担当しているんじゃなかったっけか。


 ここにいるのは27歳の独身女。女の子と呼ぶには無理がある年齢の上、現場で鍛えられた身体は美少女のそれとはかけ離れている。乳もおそらく不足しているだろう。そして何より、転生担当員がおじいちゃんだ。聞いていたものと色々と違う気がする。


「転生するにあたって、お嬢ちゃんの生前履歴書を見させてもらっておるのだが……。これが中々文字が小さくてな」


 そう言ってぐるぐるメガネをつるつる頭に掛け、豆粒のような目で書類を前後している。


「看護専門学校を卒業して、介護施設に看護師として就職、そして一年後に一般介護職員に転向。……お主何をやっておるんじゃ?」


「……色々あったんです」


「ほむ。まぁ長い人生色々あるからのう。のちに介護福祉士の資格も取っているようじゃし……。というかお主の場合人生は長くは無かったの! 短くても人生色々じゃ!」


 高齢者の死に対するブラックジョークは半分挨拶みたいなものである。


「しかしお主、実にいいスキルを持っておるの。体力もあるようじゃし、うむ、これは適任じゃ!」


 そう言って手元の資料を閉じたあとそれを禿げ頭に叩きつけ、パン、といい音を出す。よくわからないクセがあるのも高齢者あるあるである。


「お嬢ちゃん、お主の転生先の職業は、ドラゴンの介護士じゃ」


 私の二度目の人生が決まった瞬間だった。

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