いちご九分の一
視線を感じる。
どこかで誰かが、ぼくを見ている。
しかし、振り向いても、誰もいない。
サササーという音が廊下から聞こえてくる。
何かすべっているような。もしかすると伝説のスベッカム来日か。
いやいや、ベリー来航から、どうもぼくの思考がおかしいだろ。
シュタッ。という音がして、何か飛んで来た。
また廊下をそぉーっとのぞくと、ピンク色のまるくてさんかくのものが移動していくのが見えた。一度消えたが、また戻ってきた。
誰かが紐をつけて引っぱってるんだろう。誘いのえさのつもりかな。明らかにさっきよりスピードを落としている。
うん、きっと、ぼくにつかまえてほしくて(構ってほしくて)何度もやってるんだろうな。あはは、うふふ。
くいっと引き寄せてみたら、紐の先に、みみずくみたいな耳したいちごがついてきた。アルファベットのM。みみのMか?
つまんだら、びっくり目で足をじたばたさせている。落ち着きのないいちごだな。
君は、もしかすると止まったらアイデンティティーを失うタイプ?
「ねえ、なんだよ、1/9って。もう今は三月だよ」
話しかけたら、首を振っている。
「一月九日じゃなくて、九分の一です」
よーく見ると忍者みたいな格好をしている。
は? あ、そうか、つまりクノイチか。忍者のつもりなのね。
こんな子いたんだなぁ。今まで目立たぬように隠れていたんだろうか。まだぼくは全苺を把握できてないな。
この子は白とピンクのしましま模様の着物きて、背中にペロペロキャンディくくりつけて、腰にはいちごポッキーの剣を差してる。割と装備が派手だぞ。
床に置いたら、恥ずかしそうにもじもじ後ずさりして、キッチンの方に走って行ってしまった。
あ、テーブルの上にあるそれは。飛び込むと大変なことに……。
きっと透明だから、水に見えたんだろうけど。
哀れ、あの子は、水あめの中。
あわててストローを水面に出して息してるよ。
身動き取れなくなったのをすくい上げたら、ミヨーンって伸びて、透明コーティングされたいちごができあがってた。おいしそう。
しかし、救出しなくては。失礼して口の中に。
水あめだけなめとってしまうと、元のいちごの子になったから、マグカップのぬるま湯に入れてあげる。
あれ、顔色が真っ白だ。びっくりさせてしまったかな。
息してるだろうか。えっと、人工呼吸も必要ですか?
タオルで水分ぬぐって、しばらく布巾かけて様子を見てみる。
息を吹き返したみみずくいちごは、一気にシュポーっと蒸気を上げて赤みを取り戻し、またスタタタと廊下を走って行ってしまった。あらら。
おかしいなぁ、クノイチは退散したのに、まだ誰かぼくをガン見している気がするんだよね。家政婦のいちごでもいるのかも。
*
なんて思ったら、やばい、妹がこっちみて指さして、あわあわしている。
「お兄ちゃん、独り言ばっかり言って気がふれたかと思ったら……」
妹の視線の先は、ぼくの胸ポケットに。あ、ばっちりいちご姫と目が合ってる。
見えるのはやっぱりぼくだけじゃないんだ。
「なに、そのかわいいのー。マスコットー? ねぇねぇ、見せてー」
拒否しようと思う間もなく、妹の手がさっといちご姫をさらっていく。
どうやら姫はマスコットを装おうとして、なでなでされてもがんばって固まってる。でも、くすぐったくてだめだったみたい。きゃはって笑っちゃった。
「やっぱりね。喋れるんだ」
にやりと笑う妹。
「だめだよ、その子は。返して」
「えー。どうしようかなぁ」
「その子は、大切なんだ」
「ね、他にもいるでしょ。紹介してよ」
ぼくはまず姫を奪還しなくてはいけないから、ひとまず「わかった」と言った。
胸ポケットにもどって来てほっとした姫が、ぼくにこう告げた。
「私たちが見えるのは、あなたのご家族だけです。そのための一人一個の苺ですから」
あ、そうなんだ。
「だから、妹さんにはみんなを紹介しても大丈夫です」
姫がそう言うなら大丈夫かな。
「じゃあ、ぼくの部屋に来て」
妹はその後、男子いちごたちとすっかり意気投合して、苺ロボ専用バッグまで作って一緒に出かけるようになった。
剣道部だからね、しょっちゅうアマキンと刀を交わして遊んでるよ。シャキーン!
いちご姫はほんのり頬を染めて(もともと苺色だけど)、ぼくの耳元でささやいた。
「あの時。大切って言ってくださって、嬉しかったです」
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