第20話 「旅立ち」

「え、ヤバ……」


 圧巻の戦いに思わず語彙力を失ってしまう。

 ハルヤ、この一週間で一体どんな訓練をすればあんな高速で反応できるようになるんだろうか。


 隣で見ていたアドも、普段見せない様な感嘆の表情を浮かべていた。三白眼がいつにも増してハッキリ見開いてるね。


『……ふむ』


 何やら思案に浸っているアドを他所にハルヤの元へ駆け寄ると、肩で息をしながらも達成感と安堵に満ちた顔をして僕の方を向く。


「……やってやったぞ」

「うん。見てたよ」


 珍しくテンションが上がっているのか、陽気な笑い声を上げながら僕にこうも言った。


「俺って、実は天才か?」

「知らんがな。けど、確かに凄かったよ」


 僕の賞賛を聞くと、ハルヤはますます満足気に笑う。

 めっちゃ調子乗るじゃん。


 ふと気が付くと、既に大ババ様が僕らの目の前にまで来ていた。


「二人共、良くこの試練を乗り越えたな」


 大ババ様も珍しく柔らかい表情で僕らに労いの言葉をかけた。少し気持ち悪い。


「ぶっちゃけ殺す気だったでしょ?」

「そんな訳無いだろう。私はゴーレムを倒せると、最初から信じていたぞ? 勿論、二人共な」


 そう言いながら大ババ様はハルヤに視線を移す。

 が、視線を向けるだけで何も言わない。現在のハルヤの姿を品定めしているのか、それともハルヤから何か言うのを待っているのか。

 どちらかは分からないが、十数秒の何とも言えない沈黙が続いた。


「大ババ様、お願いがあります」


 沈黙を破ったのは、ハルヤだった。


「俺も、エンドと一緒に旅に出させてください」


 大ババ様は、何も言わず。ただ目を細め、それでも依然としてハルヤを見続けていた。


「俺は、これまで大ババ様の言う事だけを聞いてきました。それで上手くいくと思ってたし、実際毎日ある程度平和に、幸せとはいかないけれど安寧に過ごせていました。けれど、それは俺にとっての幸せを、そして俺自身について考える事を放棄しているだけで、決して今が俺の幸せでは無いのだと、気付いたんです。この村にいて、大ババ様の言う事を聞いて、何事も無く一生を終えるんじゃ、本当の俺は見つけられない。そう、思いました。だから……俺もエンドと一緒に外の世界を見て、俺自身について、見つめ直したいんです」


 すごい自然に僕と一緒に旅に出るって言ってるけど、それ僕も初耳だからね?

 ちょっとは事前に僕に話を通してくれてもいいんじゃないの?


「……お前に言われなくても、元々追い出すつもりだったわ」


 大ババ様の返答は、意外なものだった。


「何の為に戦闘型ゴーレムを十数体造ったと思っておる。お前がいなくとも村を守っていける様にする為だ。この試練を乗り越えた暁には、お前を村から追い出すつもりでいた」


 ゴーレムそんなに造ってたの?反乱起こされたら終わりよ?


 ハルヤの何れ来るであろう自立心を先んじて読み取ったのか、それとも厄介払いかは定かでは無い。

 が、大ババ様は元々ハルヤの門出の過程としてこの試練を用意したのは確かだった。


「だが、ワシから言うのと、お前が自分で決心して言うのとでは、意味がまるで違う。お前も、ワシの知らない内に色々と変わっていくのだな。エンドの影響か?」

「……エンドは俺に無いモノを持ってる。エンドと一緒に旅をする事で、俺自身が変わっていける。そんな気がするんです」


 なんだろう、僕しか持ってないものって。

 今のところ引きこもる精神くらいしか思いつかない。


 大ババ様は一度だけ、そして深く息を吐くと、これまで見た事も無いような、優しい微笑みを見せた。

 初めて見たはずなのに、なんだかそれは少しだけ懐かしく感じて。

 別に惚れたとかじゃないけど、鼓動が少しだけ早く波打った。


「気を付けて、行ってきなさい。二人共」


 ハルヤの目からは、気付けば一筋の涙が流れていた。

 感極まったのか、情けなく顔をクシャクシャにしながら嗚咽混じりに、凄い勢いで頭を下げる。


「今まで……今まで、俺を育ててくれてっ、ありがとうございました!!!」

「何をそんなに泣いてるんだ、お前は。別にこれが今生の別れでも無いだろう」

「はいっ……必ず、帰ってきますっ……!」


 大ババ様はゆっくりとハルヤに歩み寄ると、そっと震える肩を抱く。

 ハルヤも大ババ様を強く抱きしめ、ただ、それまでの感情を決壊させるかのようにわんわんと泣いていた。


 僕も、最後に言っておきたい、というか聞いておきたい事がある。

 ぶっちゃけ今聞く事じゃ無いのは分かってるけど。

 それでも、どうしても、聞かなきゃいけない。

 意を決して、開いた口から出るその言葉は。


「……大ババ様の本名って何ですか?」

「今聞くかそれ」


 秒速でツッコミが返ってくる。ですよね。


「まぁ、言ってなかったワシもワシか。良いだろう、1度しか言わないから良く覚えておけ。ワシの名は、エリス・クヴァイラル、だ」

「エリス・クヴァイラル……。良い、名前ですね」


 お世辞では無い。理屈は分からないが、掛け値なしにそう思ったのだ。


「そんな事はどうでも良い。お前も、精々死なずに頑張る事だ。魔王を殺す道は、生半可なものでは無いからな」

「そりゃあ、重々承知ですよ」


 マジで親父強いからね。身を以て実感してるから。


「もし、挫折したらここに帰ってきても良いぞ。その代わりこき使ってやるが」


 大ババ様なりの心遣いが嬉しくて、思わず笑ってしまう。

 貴女も、優しい人だ。


「ありがとうございます。僕も、頑張るんで」

「……フッ」


 体中筋肉痛で、疲労感に襲われている現状だけど、今日この日は、とても良い日だと断言出来る。

 僕らが試練を乗り越えて、ハルヤが殻を破って一歩踏み出した日だ。


 そして、僕らの旅立ちを飾る一日だ。

 この先、何があるかなんて分からないけど。

 今日この日が僕らの中にあるだけで、それだけで頑張っていけるような気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

転生させられた魔王の倅はどうやら足のキレが半端ない。 相模原帆柄 @sagahara07

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ