第19話 「覚悟と超越」

 広場の中心までたどり着くころには大ババ様とゴーレムも既に開始地点に到着していた。

 あちこちひび割れボコボコで、注意しなければ躓いてしまうような足元の状況だが、このまま俺の試練を実行する様だ。


「準備はいいな?」


 再度、改めて確認する大ババ様。その鋭い眼光に射抜かれ、思わず息をのんでしまった。

 だが、もう後に引くことはできない。

 大ババ様に言われたからではない。エンドの期待に応える為に、俺は剣を抜くのだ。


「はい」


 できる限り、力強く返事をする。

 大ババ様は、そんな俺を見て、何も言わずに後ろへ向き広場の外へと歩いていく。


 もう、猶予はない。ゴーレムからある程度の距離をとり、剣を抜き構える。

 ゴーレムの能力は先ほどのエンドとの戦いでしっかり見せてもらった。


 はっきり言って、俺がどうこうできるレベルではない、と思う。

 それでも、やれることはやってきた。それが、的外れな事だとも思わない。

 受けた損傷を再生するとは予想外だったが、それでもやる事は変わらない。


 ただ、目の前のゴーレムに意識を集中させる。

 小鳥のさえずりも、木々の風にそよぐ音も、明るく照らす日光も、今は不要なものだ。

 ゴーレム以外の全てを、意識から疎外していく。


 死の恐怖も、大ババ様の呪縛も、戦う理由すらもそぎ落とし、ただ、目の前にある為すべき事だけを見つめる。


 そして。永遠とも思える30秒が経過し、ゴーレムの目が赤く灯る。それは戦闘開始の合図であり。

 ゴーレムが俺に対し高速で接近してくる合図でもあった。


 ピンクの巨体が風を切る音が聞こえる。

 その身のままの重圧が、俺に向かって一直線に向かってくる。

 恐怖は感じない。ただ、剣を構えるのみ。

 俺の意識を支配するのは、ゴーレムの一挙手一投足のみ。


 とうとう眼前まで迫ったゴーレムは、右手を振りかぶると凄まじい速度で俺に向かってパンチを繰り出す。


 俺は、この一瞬を待っていた。

 俺がすべき事は、回避でもなく、防御でもなく、捨て身覚悟の一撃でも無く。

 今日この日の為に訓練してきたものは。


「ッハァッ!!!」


 次の瞬間、縦に裂けたゴーレムの右手がそれを物語っていた。

 俺がやった事。それは、反応する事。


 ただ、敵の攻撃に対して剣を合わせ、相手の速度も載せた斬撃を相手に食らわせる事だった。

 ゴーレムの巨体から繰り出される右斜め上からのパンチが俺の体に直撃する前に、その軌道上に刀身を置く。


 ゴーレムの攻撃の強烈さ故に、反撃の威力も増大する。

 いつもの俺では絶対に出せない様な威力の斬撃によって、ゴーレムの右手は腕の付け根まで縦に斬り裂かれた。


 来るであろう再生に備えて、再度距離をとって安全圏を形成する。



 この一週間、自分が出来る事は何かを必死に考えてきた。

 打撃に耐性を持つゴーレムだが、それはどちらかと言えばエンドに対する制約だろう。俺は元々打撃技など用いない。

 問題は、単純にゴーレムの高い攻撃性を凌げるか、という問題だった。


 単純にリーチが違う。そして攻撃の速度、威力共に俺とは比べ物にならない。

 かと言って、遠距離から有効な攻撃を繰り出せる様な魔術、技術は俺には無い。


 ならば、どうするか。

 そうして考えた末の答えが、相手の攻撃に合わせて反撃を行う、というものだった。


 その手段は、決して能動的なものとは言えない。ただ自分の身に降りかかる現象に淡々と対処する、受動的なものだ。

 皮肉にも、俺を今縛り上げている忌むべきモノの象徴の様な策が、今の俺を救ってくれている。


 けれど、それで良いのだ、と思った。

 今の俺に積み上げてきたものは、それしか無い。

 これから積み上げていく為に、今ぶつかった試練は、これまでの俺が立ち向かうしか無いのだから。



 一度ゴーレムから距離を置いてその様子を伺うが、どうにも予想とは異なる動きを見せている。

 先程エンドに見せた時の様な、損傷部位の再生を行ってこない。


 迂闊に近づいて反撃を食らっては元も子もない為、そのまま様子を伺っていると、今度は完全に予想外の事が起こった。


 まず、目の色が赤でも緑でも無く、オレンジ色になった。

 それが何を意味しているのかは、次の一瞬で明らかになる。


 ドンッ、という、音が響いた。

 次の瞬間、ゴーレムがすぐ目の前まで来ていた。


「速ッ……!?」


 身構えてはいたが、反撃を行うには余りに予想外で集中が足りていなかった。

 振り上げた左手を視認すると、全力で右側に飛び退く。


 足元から伝う振動と、耳に響く轟音が俺を襲う。

 間一髪、打撃の直撃は免れたが、間接的な衝撃が俺の三半規管を揺さぶり、平衡感覚を乱される。


 このままでは、追撃を食らってしまう。

 揺らぐ視界も無理やり無視し、バックステップで何とか再度距離をとる。


 あくまで、俺の体感的な問題だが。

 あのゴーレムは、腕を切り落とされて再生を行わない代わりに、スピードとパワーを大幅に上昇させているように感じた。


 まるで、片腕分に込められていた力を残った体に還元するかのように。


「俺には俺で、違う試練があるという事か……!!」


 エンドのがそうであったから、てっきり俺の相手も同じ条件であると思い込んでしまっていた。

 大ババ様がバカ正直に俺に情報を与えるわけが無い。

 本来はゴーレムの性能を疑って然るべきだったのだ。


 恐らく、俺の相手のゴーレムには再生機能の代わりに体が欠損する程性能が上昇する機能が付いているのだろう。


 つまり、それは相手を負い詰めれば追い詰めるほど、俺は窮地へと追いやられている事を意味する。


 だが、それでも。


「やる事は、変わらない」


 今の俺にできる事は、相手の動きに合わせて反撃する事だけ。

 元から勝負は、俺がゴーレムの動きについてこれるか、否かなのだから。


 即度を増して突進してくるゴーレムに対し、身を横にずらして胴に一閃を入れる。

 流石に分厚い体を完全に断ち切る事はできず、大きな切れ目が入ったのみとなった。


 今度は距離はとらない。ただ、ゴーレムの反撃を待ち受ける。


 振り向くスピードを利用した薙ぎ払いに対して身を屈めながら垂直に剣を入れ、腕先を輪切りの様に切り落とす。


 それでもゴーレムは止まらない。身を削がれようとも、いっそう速度を上げて特攻を挑んでくる。

 無論、俺も退くつもりは無い。

 ゴーレムが朽ちるのが先か、俺が弾け飛ぶのが先か。


 究極の緊張感の中、感覚だけが研ぎ澄まされ、紙一重の攻防でゴーレムの体を削ぎ落としていく。



 次第に、そして急速に速度を上げていくゴーレムを相手にしても、不思議と俺に焦りは無かった。

 既に訓練の時の想定を遥かに超えた速度で攻防を繰り広げているのに、まるで精神が加速しているかの様に難なく対応できている自分がいた。


 もちろん、ギリギリの戦いである事には違いない。だが、途中まで流れていた汗は何故か引き、瞬きすらも億劫な程に目の前の打撃の激流に集中していた。


 そして、自分の想定していた限界の遥か上をいく戦いの中で、自分の力に対し驚きを隠せない自分と、さもこれが当たり前かの様に享受し戦う自分が同居している事に気づいたのだ。


 今まで見た事が無いはずなのに、はるか昔からこの力を知っていたかの様な感覚。むしろ、これが自分の本当の力なのだと、そう思える程に、自然な情緒なのだ。


 段々と四肢が削ぎ落とされ、胴体だけの輪郭へと変わっていっても、ゴーレムは決して怯むことは無かった。

 どう発射しているのか分からないが、ほぼ無くなった手足を用いずに、高速で俺に向かって突進をしてくる。


 もう、迷いは無かった。

 日常のルーティーンの様に自然な動作で、ゴーレムの胴体を完全に真っ二つに切り裂く。


 二つに分かれた体は、それぞれ左右に転がって行き、片方ずつ付いている目からは輝きが失われていく。



 実を言うと、俺がこの試練を乗り越えられるとは思っていなかった。

 寧ろ、ここが人生の終着点かもしれないと、思っていた。


 けれど、今は。

 戦いを終えた今ならば、胸を張ってこう言える。


「……俺はッ!! 乗り越えたぞッ!!!」


 これまでの俺を、越えてやった。

 そしてここからが、俺の始まりだ。



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