第18話 「自信と自身」
圧巻。と言う他なかった。
目の前に広がるのは戦いの跡が残る、ひび割れだらけの土の広場。そして、その中央に一人立つエンドの背中だった。
俺の知る限り、エンド・ファイザーという男は別段勇敢で、正義感の強い男、と言う訳では無い。
人並外れた脚力は持っているが、ただそれだけだ。
度胸が無く、危ない橋を渡ろうとはしない。常に身の安全を考え、深追いはしない。
仮にも魔王を殺す事を目的としている男とは、思えない程に、平凡な精神の持ち主なのだ。
自分のできる範囲であれば人助けをする事も含めて、彼は善良な一般的青年なのだ。
それが、どうだ。
大ババ様が与えた試練。
打撃が効かないゴーレムを倒さなければならないという、とても簡単とは言えない試練を前にして、エンドは下を向く事は無かった。
彼なりに考えた策であろう、飛ぶ斬撃という攻撃も、再生という形で阻まれてしまった。
それでも、エンドは勝つことを諦めなかった。
敵の行動を探り、新たな策を練り、そしてそれを実行し。
見事に、ゴーレムを倒しその実力を証明した。
死の淵を視界に捉え続けながら、立ち止まる事はなく。
絶望に身を打ち付けられても、俯く事は無く。
ただ、ひたすらに、倒そうとしたのだ。
エンド・ファイザーという男は、ただ、脚力が化け物なだけの、平凡な男であったはずだ。
人の幸せを喜び、少し妬んで。
日常の細かな事に喜びを感じ、それを生きる糧にする。
冗談をよく言って、俺を怒らせる。
そんな、どこにでもいる普通の男が。
今、一人戦場に立っている。強大な壁を乗り越え、勝利の旗を掲げている。
あの男は、強い。
確固たる意志を持ち続ける、芯のズレない男だ。
そこまできて、俺はどうだ、と、ふと思ってしまった。
生まれて18年間、ずっと大ババ様の言う事に従って生きてきた。
村から一度も出た事は無く、毎日村の見回りをする毎日。
趣味は自然と料理になった。それ以外する事が無かったからだ。
俺の人間性なんて、そんなものだ。特筆すべき感性も無く、強い望みもない。
この村で一生を平穏に終える事が、至上の幸せだと思っていた。
だが、エンドとの出会いがあった。
張り合える相手によって、初めて自分が負けず嫌いである事を知った。
俺が単に自分自身について考える事を放棄していた事を指摘された。
18年生きて、今になって初めて気づいたのだ。
俺には、確固たる自分というものが無い。
というか、自分自身の事を、何も知らないのだ。
そんな、俺が。
エンドの様に、試練に立ち向かえる固い意志を持たない、俺が。
彼の様に戦う事が出来るのだろうか。
能力的な意味ではない。
精神的な話だ。
エンドは一息、肩を下ろすと、大ババ様ではなく俺の方に歩いてきた。
その顔には安堵と疲労が入り交じった、一見すれば情けない顔だった。
が、俺にとっては得難い物だ。
俺の目の前に来たエンドは、俺の目を見ると、目を細めて笑みを浮かべた。
「いやぁ、何とか倒せたわ。次はハルヤだな!」
なんの疑念も無く、俺が試練を乗り越えるだろうという事を信じている。そんな笑みだった。
「俺は、やれるだろうか」
俯きがちに、そう呟いてしまう。
そう言ってしまう時点で、勝ちを諦めているようなものだった。
「いや知らんけど」
思わず伏せた目を上げてエンドの顔を見てしまう。
先程とはうってかわってとぼけた表情で俺を見つめていた。
「ハルヤがどんな訓練したかとか、僕知らないし。倒せるかどうかなんて、ハルヤ自身しか分からないよ。まぁ、自信もっていけばいいんじゃない? 勝てるって思えば勝てるよ、きっと」
ともすれば無責任ともとれる発言だった。
自信を持つ。そんな月並みな言葉が、俺に重くのしかかる。
「自信、か。自分自身が何なのかも分からない俺がそんなもの、持てるわけもない」
エンドの返答は、またも俺の予想の斜め上をいった。
「別に分からなくて良いでしょ。今大事なのは、ハルヤが今日の為に何をしたかで、それがどれだけ意味のあったものなのか、なんだから。そもそも自分自身が何なのかなんて考えて分かるわけないでしょ。何なら俺も知らないよ」
「だったら……だったら何でお前はあんなにブレないんだ!! 何で死ぬかもしれない困難に対して、立ち向かって行けるんだよ!!?」
思わず、声を荒らげてしまう。
エンドからすれば俺が妙な癇癪を起こしてるだけなのに、それでもエンドは穏やかな口調で俺に話しかける。
「自分が何をすべきか、というか何をしたいかだけ考えてれば良いんじゃない? 僕は単に衣食住を提供してくれた大ババ様への恩もあるし、そもそもの目的の為にこの試練は乗り越えなきゃいけないし。ハルヤが何をやりたいかは知らないけど、その試練の先にそれがあるんだったら、この試練は乗り越えなきゃいけない。ただそれだけの話だと思うけど」
そんな、挨拶されたから挨拶を返す様な。
道中に邪魔な石があったから蹴り飛ばす様な。
そんな当たり前で、日常に溢れる動機で、エンドは戦っていたのか?
単にエンドの頭のネジが2,3本吹っ飛んでるだけじゃないのかと、疑問に思ってしまった。
「ただ、そういうのを全部置いといて、僕はハルヤに勝って欲しいなって思うよ」
「……何故だ?」
「えー? こう言うとちょっとクサイかもしれないけど……友達だから?」
友達、だから。
エンドは、俺が勝つ事を望んでいる。
俺の肩にかかっていた、重い蟠りがすっと消えた気がした。
エンドは、大ババ様への恩を返す為。そして魔王を殺す為に、この試練に抗った。
ならば、俺もそんな簡単なもので良いのだろうか。
この戦いに臨むための動機。
俺は自分が分からない。
だからやりたい事も、何になりたいのかも分からない。
「お前の期待に応えなければ、な」
だから、こんなモノしかない。
友達がかけてくれる期待に、応える為でしか、この戦いに臨む事ができない。
ただ、それが良いのかもしれない。
ともすれば軽過ぎる。
けれど、とてもシンプルで、分かりやすい。
面倒くさいしがらみを何も考えず、ただ勝てば良い。
「おー。まぁ、死なない程度に頑張ってよ」
そう言って俺の肩を叩くエンドは、何の屈託も無い笑みを俺に見せる。
勝てれば良いな。
そう思った。
勝たなきゃいけない。
そう願った。
柄に手を掛け、一歩踏み出す。
暗闇を歩く様に、一歩一歩、足元を確かめて歩く。
先刻言った言葉を、噛み締める様に、そして自分に言い聞かせる様に、もう一度口にする。
「覚悟はもう、とっくに出来てる」
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