モンスター・クレーマー
——縞。
という些細な変化はともかく、結論としては「交番は遠いから」ということになった。
懐かしい気持ちはもちろんあったのだけれど、でも僕だってもうあの頃とは違う。十五歳、さすがにある程度の社会常識は弁えているつもりで、つまり遺失物かそれとも不審人物か、いずれにせよそういうのは警察の仕事だ。
とはいえ、正直なところ気は進まない。久々に再会した相手をいきなり警察に届けるというのもなんだし、それに学校の敷地内での出来事ってこともある。物事には手順と形式というものがあって、だからこういう場合はおそらくのこと、まず先生に相談するのが筋だ。
そして、その結果、
「だって、しょうがないでしょう。なんせ神さまなんだもの」
と、それがどうやら学校側の方針、教師というのも意外と役に立たないんだな、と知った。
それは本校舎の端も端、「生徒相談室」とか名付けられた中途半端な小部屋でのこと。
僕の苦情に直接応対してくれたのは、まだ若い男の先生だった。見るからに頼りないというかひ弱っぽいというか、語弊を
「あっ、このひと役に立たない」
と、一見してそう確信できるくらいの絵に描いたような新米教師だったのだけれど、でもなによりの問題はその見た目をまったく裏切らない完璧な
「だって君、神さまだよ。放っておいても特に実害はないみたいだし、あと変にちょっかいかけて
と、それだけならまだどうにか理解してやれなくもないのだけれど、でも、
「にしても、君、なんだって神さまをそんな風に扱うんだい」
というのは正直どうかと思うというか、いくらなんでもひどいような気がする。
わざわざ先生のところまで引っ張ってきて、突き出した行為について言っているのだと思うけれど。でも別に僕だって好きでやっているわけじゃないし、なによりただ「神さまだから」なんて理由だけだったらここまでしない。
入学式からまだひと月も経たない四月の放課後、下校する生徒で溢れかえる校門までの道のり。
きっと部活動の勧誘なのだろう、新入生に声をかけたりプリントを手渡したりと忙しい上級生に混じって、なんか隅っこの方でこそこそやっていたのがこの神さまで、
「ビラ撒きはともかく、なんでこの神さまだけヘルメットにプラカード姿なんですか。ていうかなんですかこの『革命ノ日ハ近イ』って。この神さまうちの学校をどうしたいんですか」
という僕の当然の疑問に、でも「いや僕に聞かれても」と困り顔の先生。ふと隣を見れば神さまもまた同じような顔をして僕の方を見ていて、これが同調圧力というやつだろうか、なんか僕ひとりが急にわがまま言いだしたみたいな空気になっている。納得は行かないけれどでも仕方ない、なんせ神さまと公務員のやることだ。
「いやまあ、そりゃあ君の気持ちもわかるけどさ。でもしょうがないじゃない、だってこの神さま、うちの生徒でもないんだし」
余計にだめでしょうそれ、と言えば「まあそうだけど」と眉を曲げて、そして
「でもこの子、もう何日も前からここに住み着いてるんだもの。屋上にテントみたいなの建てて」
というもの、さらには「もう住んじゃってる以上はしょうがないよね」といった論調に場の空気を誘導しようと必死になりだす始末。「いいんですかそれ」なんて訊いたところで「いやだめなんだけどさ」と来るのはわかりきっていて、というか実際そうなって、しかもそれだけでは済まないのだから本当に面倒極まりない。
「ていうか、君——えっとごめん、新入生だよね。名前聞いてもいいかい」
「桐野くんさ。ちょっと気になってたんだけど——もしかして、知り合い? この子の」
違います。と、そう即答してしかるべき場面、でもそういうのはちょっとフェアじゃない。
知り合いかそうでないか、その二択で考えるのなら確かに前者だ。でも
「違います」
そう即答するまでコンマ二秒、でも残念ながら神さまの「そうだふふん」の方が早かった。
「そっか、そりゃあよかった! やあいいことだ、いや、本当に——よ、よかった……!」
助かった、とボロボロ涙を流す先生。聞けばなんと「これでクビにならずに済む」とかなんとか、立場の弱い新人というのもなかなか大変だと思うけれどでもあえて言おう、そんなの僕には関係ない、と。「そんな」という悲痛な叫び、そして「助けてよ!」というバカ正直な懇願、そのままくずおれるように土下座されたって僕は嬉しくもなんともないのだけれど、でもこうなってしまった以上はもう仕方がない、
「よかろう、まかせろ。なんせ神さまだからな、わたしは」
ふふん、と勝手に鼻を鳴らす隣の人、この件の根本的原因すなわち諸悪の根源であるところの神さまが、なんか勝手に話を決めてしまったのだから。
結果、どうなったかはまあ、ほとんど言わずもがなのこと。
この先生——名前は
——どうしよう。またへんなの拾っちゃった。
いやまあ、こんなものどうするもこうするもないのだけれど。
学校がだめなら次の一手、当初の優先順位における第二案に従えばよくて、でもやっぱりあまり気は進まない。ただの予感でしかないのだけれど、でも僕は知っている。きっと、あんまり、意味はない——それは九年前、いまと同じく神さまを拾ったときのように。
いや、正確にはその結果、僕が初めて学んだ真実のように。
——大人って、実はあんまり、使えない。
はたして、やっぱりその通りになった。
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