ダブル・インポッシブル!#6
空を航行していた武装集団の大型輸送船では、ラオの発した電波を直ちにキャッチした。フライング・クラフト(円形をした偵察、監視用の乗り物)に乗った武装兵らが次々と発進し、大規模な捜索が行われる。
人海戦術とはいえ、どこまでも広がる密林は隠れる場所だらけである。いっそ空中から枯葉剤を散布したり機銃掃射を行う意見も出たが、生かして捕まえてこいという上からの命令に逆らえず、各自クラフトを着陸させて探すことを余儀なくされる。
しかし、捜索隊はラオたちを発見できずにすぐ帰還した。武装兵のスーツがこの星の外気温下で長時間活動することに適していないからだ。それでもラオの物とおぼしき持ち物を発見できたのは成果か。
大型輸送船の艦橋にて、帰投した隊のリーダーが部下と共に幹部へ報告を行う。
「荷物が発見された場所から遠くへ行っていない筈です。只今、第二グループを向かわせました。間もなく発見できることでしょう」
「無駄骨だね、その必要は無いよ」
椅子に座る幹部は、後ろ向きでそうあしらう。
「必要ない、と?」
「だってもうそこに来てるじゃないか」
「え!?」
「君が連れてきた隣りにいる彼だよ」
そう幹部が口にした時、既にリーダーは傍にいた部下によって羽交い締めにされ、銃をこめかみに当てられていた。
リーダーが連れてきた部下の正体は、武装兵に成りすましたラオだったのだ。下手な芝居はもう通用しないと判断し、とっさに人質を取る戦法に出る。一見悪手だが、これも考えあってのことだ。
周りにいた武装兵たちが一斉に銃を構えるが、幹部の「やめろ」の命令で銃口を下げた。
「……やはり盗聴していたか。だが何故俺が侵入者だとわかった?」
「人聞きが悪いな、態と君が聞かせたんだろう? それよりも君がここにいるということは、無事にイビル・ニードから脱出できたようだね。正直驚いたよ」
幹部はそう言いつつも、くるりと椅子を回転させてこちらを向く。
その姿に、ラオは声を上げ驚かざるを得なかった。
「お前はリヒト!?」
そこにいたのはイビル・ニードで会った銀髪の少年、リヒトだったのだ。何故ここにいる? いや、そもそもどうしてこの武装集団の幹部におさまっているのか!?
「フフフッ、驚いたかい? でも言っただろ、敵になるかも知れないってね」
リヒトは初めて会った時と変わらず余裕の態度でラオを見据える。何もかも全て、お前の事はお見通しだと言わんばかりの表情だ。
「前に言っていた『俺を狙っている組織』とはこの武装集団のことか!?」
「そうだよ」
「何故俺を狙う!? この組織の目的は何だ!? この星を占拠している理由は!?」
そう。以前リヒトは、ラオがある組織に狙われていると言った。
ラオが蘇生させようとしているアンドロイドの少女、『アリス』が安置されているグラム星。そこで襲ってきたのもこの集団ではないだろうか?
「詳しいことは僕も知らないよ」
「嘘だな」
「あぁ嘘さ。敵である僕が教えると思うか? でも君が狙われる理由は君が一番よく知っているんじゃないかな、グレイ・ビー。ヒヒヒ……」
一々気に障る態度だ。しかしこういった輩こそ油断ならないのもまた事実だ。ごく僅かではあるが、人質に当てている銃口へより力が加わった。
「それと君がこの星に来た理由はこれじゃないか?」
リヒトはラオに見えるように自分の左手をかざす。指にはめられていたのは銀色に光る指輪。それが今回の目的の品だと推測するには少々の時間が掛かった。
「……それをどこで手に入れた?」
「衛星の攻撃を受けて落ちてきたカーゴの中に入っていたんだよ。随分と丈夫で厳重だったけど、目ぼしいものはこれしか入っていなかった。そうそう、宇宙船の発信機はちゃんと作動していたかい? 墜落した衝撃で壊れてたから直してあげたんだよ、感謝してほしいな」
指輪を見せびらかし、お前がここまで来れたのは自分のおかげだと挑発する。
「……見た感じオリハルコーンでできているね。一見細工が大したことない気がするけど、2億バカラは下らないんじゃないかな。最近どこかの惑星の皇太子が婚約を発表したけど、まさかその婚約指輪がこれとか?」
「そいつを渡して貰おうか」
「タダじゃ嫌だね。……そうだな、君が僕らの仲間になるというのはどうだい?」
「ふざけるなよ? こいつがどうなってもいいのか? 俺はここにいる奴ら全員を相手にしてもいいんだぞ、お前を含めてな」
ハッタリも含めて強気に出るラオ、だが半分は本気だ。複数相手の人間に乱戦したことは一度や二度ではない。ここに立っていることが結果の全てを示していた。
「ククク……、ハハハハハハハッ!」
しかしこの脅迫に、リヒトは可笑しくて堪らないと腹を抱えて笑いだした。
「冗談に聞こえたか?」
「……ハハハッ!いいよ、やれよ! そいつを殺してみせろよ! 部下が入れ替わったことぐらいも気付けない無能はいらないさ! 遂に本性を出したな、グレイ・ビー! やっぱり君は根っからの人殺しなんだ! さあ殺れよ! ゴルアスの時みたいに!!」
──ヒトゴロシ
「黙れっ!!」
二つの声を同時にかき消そうと、ラオはリヒトに向けて発砲していた。
「ハハハハハハハハハハッ!!」
対してリヒトは避けようともしない。銃弾は前方に張られた防弾バリアーによって跳ね返されてしまう。それでもラオは撃ち続けた。
「どうした? もうお終いかい?」
銃弾が無くなってもトリガーを引き続けるラオ。それを哀れな者を見るかのような目で小馬鹿にするリヒトだが、不意に背後から襲いかかる者があった!
「っ!!」
「甘いよ、ニンジャ君」
スノオが突然姿を現し、リヒト目掛けてアイアンロッドを振り下ろしたのだ。これをわかっていたと言わんばかりに、後ろ向きのまま大剣で受ける。
「ちくしょおぉぉぉっ!!」
スノオは断末魔とも呼べる叫び声を上げ、白目をむいてその場に突っ伏した。大剣から流れ込んできた強烈な電圧が、ロッドを伝いスノオの体を襲ったのだ。
「そんな擬体で僕をごまかせると思うなよ? さあどうするラオ、僕のように仲間へ見切りをつけることができるか?」
体から白い煙を上げて倒れているスノオに対して、刃の先があてがわれる。そして今度こそラオに向け、多くの銃口が火を吹かんばかりに並べられた。
「……くそっ!」
スノオを見捨てるわけにはいかない、万策尽きたか。弾の尽きた銃を床に叩きつけると両手を上げ、無抵抗の意思を伝える。スーツの頭部も脱ぐように言われ、黙ってそれに従うしかなかった。
「素直で嬉しいよ。いい子にしていれば、お駄賃が貰えるかも知れないよ?」
指輪を見せびらかしながら悔しそうに拘束され出ていく姿を見送ると、今度は人質となっていたリーダーに向けて囁く。
「ついでにあのカメレオンみたいな奴も牢に放り込んでおけよ。何度も言うけど僕は無能な部下はいらないんだ、今度はしくじるなよ?」
「は、はい!」
男は慌ただしく返事をし、倒れているスノオを運ぶ作業に手を貸すのだった。
…………
『入れ!』
目隠しを解かれ、しかし両腕は手錠で繋がれたまま、ラオは暗い牢獄の中へと蹴り入れられる。
持ち物は全て取り上げられた。幸い腕の小型通信機だけは無事だったが、ここでは役に立たないだろう。通信が繋がったところで奴らに傍受されてしまうのがオチだ。
一旦格子が施錠されたが、間もなくすると再び開けられて大きな何かが投げ込まれた。スノオだった。
『そこで暫く大人しくしてるんだな。逃げられると思うなよ?』
格子の扉が閉まる音がすると、コツコツと立ち去る音が聞こえた。それを確認し、すぐさまスノオに声を掛ける。
「しっかりしろ」
「……ケッ、なんともねぇよ。連れてこられる途中から起きてたぜ……グッ!」
起き上がろうとするが、強烈な電圧を食らったせいで身動きがとれないようだ。
「……クソッタレがっ!」
「無理はするな。……俺たちはどうやら船内にある牢獄へ連れてこられたようだ」
部屋の中は便器らしき物がある以外、何も見当たらない。ベッドはおろか毛布すら無いのだ。空気が淀んではいるが、いささか肌寒い。
格子の外を見ると、やはり同じような部屋が正面にある。微かに人の気配がしたが、暗くて中がどうなっているかよく見えなかった。
(俺たちのように、他に誰か捕まっているのか?)
よく見ようと格子へ近づいたところ光が飛び散り、痛みを覚えて慌てたじろぐ。
「っ! 格子に電流が流されているぞ!」
「おいおい……もう懲り懲りだぜ」
体力が戻ったら力技で脱出しようと考えていたスノオ。頭に手を当てうんざりするのだった。
…………
どれほどの時間が経っただろう。ようやくスノオも起き上がれるようになり、体を起こすと2人は壁に寄りかかり小声で話し出す。部屋の隅に監視カメラがあることに気が付いたからだ。こうすれば幾ばかカメラの死角となる。
「薄目で見ていたが、ここまで扉が何重にも電子施錠されてるようだった。奴らからカードキーさえ奪っちまえば逃げ出すことができる」
「その前にこの牢から出ることが先決だな。ところでスノオ、正面の部屋の中に何か見えるか? お前ならこの暗さでも見える筈だ」
言われスノオは格子へと近づくと、電流を浴びないように気を付けながら目を凝らす。暫くして何かに気づき、戻ってくると腰を下ろした。
(……リザルド人だ! 何人も居る! 皆、床に突っ伏して動かないぞ!?)
(何だと!? 生きているのか?)
(ここからではわからん!)
言われラオも再び正面の部屋に目を凝らす。今度はじんわりと部屋の中が見えた。確かに床へ大勢何かが横たわっているが、それがリザルド人なのかどうかまでは判別できない。
(一体何故彼らが……。この武装集団と組んでいたのでは無かったのか?)
この時、ラオはハッと気付き小型通信機へ目をやった。気温は15℃、少々肌寒い程度である。
「そういえばスペースネットで見たぜ。リザルド人は20℃以下になると動きが鈍くなるらしい。俺は少し寒い程度だがな」
……これで全てが繋がった。
ここに居るリザルド人は、武装集団によって拉致されて捕まっているのだ。
「リザルド人は武装集団に人質を取られ、止む無く従っていたのか」
「恐らくな。そしてこの人質はそのまま奴隷として遠い星系に売られちまうだろう。薄汚い連中だ……! ラオ、お前はこの集団の頭らしき奴を知っているようだったが、一体あいつは何者なんだ?」
ここでラオは、スノオにイビル・ニード星であった出来事について話してやった。突然現れ、巨人の体を一刀両断し、単独ワープで姿を消した少年リヒトの話だ。
「……只者ではないことは知っていたが、さっきは俺の方が迂闊だった。まさかお前の擬体まで見破るとは……」
「一気に敵の頭を押さえちまう妙案だったがな。……しかしなんだ、リヒトというのかあいつは。まるでVRゲームに出てくるキャラクターみたいな格好だな」
「VRゲームだと?」
「あぁ。アクィラにせがまれて一緒にプレイしたことがある。反逆のオブリビオン、だかなんだかってゲームだったな。何種類もある登場人物から一人選んで、そいつになりきって進めていくウォー・シミュレーションだ。そのゲームに出てくる剣士のキャラクターそっくりそのままなんだよ、あのリヒトって奴は」
(どういうことだ……?)
そういえばイビル・ニードでも『漫画かアニメのコスプレイヤー』呼ばわりされていた。単にゲームが好きでその格好をしているだけなのだろうか。しかしそれだけではあの剣さばきと技量が説明つかない。
まさかゲームの世界から飛び出して来たわけではないと思うが……。
やがて2人は話を終え、その場で横になった。交代で仮眠をとろうとも考えたが、密室の上にこの暗さだ。すぐに殺されなかったことを考えれば寝込みを襲われることもあるまいと思い、疲れもあってかそのまま眠ることにしたのだった。
デプターラオ 木林藤二 @karyou
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