ゾーンに入った

 江戸川乱歩賞に作品を送った数日後、僕は次の作品に着手した。

 これは連城三紀彦『終章からの女』という長編を読んで思いついたネタだ。この動機を成立させるための方法をあれこれ考えた結果、アガサ・クリスティー『ABC殺人事件』の骨格をアレンジすればいけそうだという発想に至った。


 書いてみると、「これは『ABC殺人事件』への挑戦状だな」という感覚を持った。連城作品から影響を受けたネタなのにこんな風に変化する。小説は不思議だ。


 乱歩賞の原稿ほどスピードが出ずにややゆっくりしたペースで執筆は進んだ。それでも2月中旬には書き上がり、数日かけて書き足りない部分もしっかり穴埋めをした。


 その2月には集英社ライトノベル新人賞のIP小説部門で一次、二次を通過した。

 GA文庫大賞でも一次を通過。順調な推移だ。


 書いているあいだも暇な時間は読書をしていたのだが、さらなる影響があった。山田風太郎『妖異金瓶梅』である。僕はライト文芸の後宮ものに前々から興味があってたくさん読んでいた。そのおかげでこの作品の世界観にもすんなり入っていくことができた。

 読みながら、「もしかしてこの連作の仕掛けってこういうことなんじゃ……」と予想した。が、見事に外れた。さすがにありえないよなと思いつつ、じゃあ自分で使っちゃおうと次なるミステリのプロットを作り始めた。


 このネタについては交流のある作家志望者仲間の皆さんから意見をいただこうと思い、いつになく細かいプロットを組んだ。しかし、みんな3月末に集中している各賞の締め切りに忙しそうだったので送るのはやめた。


 連作は全七話。架空の中華風異世界で、六人の妻を持つ豪商の家でいろんな事件が起きる。最後には一本糸を通す仕掛けが出現する構造だ。

 そこへ至るまでに七つの物理トリックを考える必要があった。ここは『妖異金瓶梅』に倣って犯人が○○ということにしている。僕にしては珍しく犯行手段(ハウダニット)重視の連作となり、トリックをひねり出すだけでかなり時間を使った。


 ようやくプロットが出来上がると3月3日を待った。そこが一番近い開運日だった。今年は新作を吉日に書き始めると決めたので、わざわざ止まっていたのだ。


 書きたいのに書けない――とイライラするのは初めての経験だった。そこまでして自分に縛りを課す必要はないのだが、決めたことは曲げられないめんどくさい性格なのである。


 ようやく3月3日がやってくるとウキウキ気分で着手した。

 中華風異世界が舞台だが、抵抗はなかった。

 人生で初めて書いたのは携帯小説。それは三国志風の架空戦記だった。だからこの手の世界観を懐かしいとすら感じた。


 途中から筆が暴走してだいぶ百合百合しい展開になっていったが、この衝動は隠さない方がいいと判断した。『妖異金瓶梅』だって変態性癖大博覧会だったもんな。


 こうして19日目でほぼ完成していたが、執筆期間20日の方がキリがいいという判断により、あえて一日余裕を持たせた。いろいろ気にしすぎである。


 そのあいだにIP小説部門は三次落ち、GA文庫大賞は二次落ちを食らい、さらには文學界新人賞が一次落ち、MF文庫新人賞でも一次落ちを叩きつけられた。だんだんランクダウンしてるな……?


 しかし僕にはまだ乱歩賞の結果発表もあるし、新たに完成したミステリのストック原稿が二本ある。

 だからそれほど悲観的にはならなかった。

 それにしても、2024年が始まってから3ヶ月で3作。かつてないペースで新作を書くことができた。しかも、どの作品にもそれなりの手応えを感じている。

 これがゾーンに入るというやつか、と思った。

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