渾身の作品だが不安しかない
3月1日から、僕はさらに新しい作品を書き始めた。
「貝の船」という短編で、これは月末締め切りの純文学系の新人賞に送ろうと思っていた。
ミステリとラノベが中心だったのに、なぜ急に?
それは、前から温めていたネタの書き方を思いついたからだった。
海辺の町を舞台に、小学生男子とホームレスの男の交流を描く作品である。このストーリーのラストは決まっていたが、普段のスタイルで書くとインパクトが弱くなってしまう。このオチを効果的に見せる方法はないだろうかと考えた結果、心理描写を一回も使わなければいいのではないかと閃いたのだ。
最後に、主人公がある行動をする。それを徹底的に外から描写することによって、その時の内面を読者に想像させる手法が効果的だと思った。
これを5日で一気に書き上げた。枚数は110枚ほど。心理描写を使わない影響で枚数が伸びず、100枚書くだけでもかなり体力を使った。「思った」「感じた」など、当たり前に使っていた言葉を封印するとこんなに表現は難しくなるのか。それを痛感した。
狙うのは締め切りが同日の新潮新人賞、文藝賞、すばる文学賞のどれかだ。
これは、さほど迷わずすばる文学賞に決めた。
すばる文学賞のHPにあった選考委員・奥泉光さんの言葉が決め手だ。「どんな方向でもよいから徹底的なものを待つ」と書いてある。今回の作品は徹底的に心理描写を省いている。そういう意味で、この言葉に惹かれたのだ。
書き終わったのは5日。それから3日置いて、今度は長編ミステリに着手した。
山奥に非行少女たちの自立支援施設があって、ある夏の、台風の夜に事件が発生するという話。台風は来るがクローズドサークルにはならない。台風の役割は嵐の山荘ものより特殊な形になっている。
2月に書いた作品たちに比べるとやや遅いペースで執筆は進行した。
その間に漫画原作小説コンテストは落選を食らった。が、その程度ではめげない。
まずは「貝の船」をすばる文学賞へ送り出す。
そのタイミングで、カクヨムがメディアワークス文庫とタッグを組んだ〈3つのお題〉コンテストというものを始めた。その中にホラー×ミステリー部門があって、これはカクヨムで公開している「幻狼亭事件」にぴったりのお題だと思い、参加しておいた。
そして長編は4月の頭に完成させた。
書き上げた時の手応えはかなりのものだった。
「
よく書けた――と思ったが、数日すると不安が強くなってきた。原因ははっきりしている。全体の半分まで事件が起きないのだ。その前に描かなければならないシーンがあり、そちらにかなりページを使っている。退屈させないようにと意識して書いたものの、それでもやはりこれは遅すぎるのではないか。でもいきなり事件を起こしても、そのあとをうまく展開させるのは、今の僕の技量では難しい。この構成しかなかった。
そんなわけで、前半を推敲していると不安になり、後半を読んでいると自信が出てくるというかなり困った作品になってしまった。
で、どこに送るかだが、これは5月10日締め切りの日本ミステリー文学大賞新人賞だろうと思った。
今回からネット応募が解禁されたことや、最終候補にしてもらった2017年以降、一度も応募できていないことなどが主な理由だ。
何より、前年の受賞作である麻加朋さんの『青い雪』が個人的に大好きな作品だったというのが大きい。物語の運びや人物の感情の描き方に引き込まれ、最後の一行でタイトルの意味がわかった瞬間に胸が熱くなった。
日ミスに出したい! というモチベーションが、この作品を読んだことで一気に高まった。
4月下旬まで原稿に触れず、間隔を置いて推敲を再開した。冷静になった目で見ても、やはり前半と後半の差が気になる。しかし、構成をどう触ればいいのかわからない。他の穴を可能な限り減らし、大枠自体はこのままで応募するしかないと思った。
一次落ちしたら前半のせい。一次通過したら後半のおかげ。
ある意味ではわかりやすい原稿でもある。
職場の冬季休業が明けて、ゴールデンウィークの連勤に入った。他の応募者が追い込みをかける時期に仕事なのがつらいところだが、早めに何度も推敲しておいたおかげでいつもより余裕があった。
5月9日にネットから応募し、一息ついた。
ここ数年、どの作品も自信を持って応募してきた。だが今回は不安の方が大きい。こんな心理状態で原稿を送り出したのは何年ぶりだろう。発表まで落ち着かない日々を送ることになりそうだった。
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