父親の後始末
鮎川哲也賞への応募を終えて、11月は読書をしながらだらだら過ごした。
ただ、小説を書きたい気持ちはあった。
12月に太宰治賞の〆切りがあって、そこに父親とのわずかな生活を描いた私小説を出したらいいのではないかと考えたりした。だが、僕には私小説の書き方がわからない。
そこで、西村賢太さんの小説をまとめて買い込んで、書き方を勉強した。勉強しただけで、実際に書いてみたらびっくりするくらい進まない。僕にしてはめずらしく、三日で諦めた。
11月が下旬になると、職場は冬季休業に入る。また冬場ニートの時期がやってきた。今年は例年より出勤日数が多く、買い物に行く回数が少なかったこともあって、蓄えはなかなかの額になっていた。
実家暮らしだから支出は少ない。今年の冬は余裕を持って生活できそうだ――と思ったところで、父親の家から電話がかかってきた。父が最後に暮らしていたアパートがわかったため整理をしたという。
父は某生命保険に入っており、保険金の受取人が僕の名前になっていると聞かされた。そんなお金、怖くて使えないよ。そう思ったが、加入して間もないことと死因が自殺であることから、保険金は下りないらしい。僕はホッとした。
他にも話があって、父に借金が300万ほど残っていることが発覚したというのだ。
僕は最初、借金癖は治らなかったんだなぁと他人事のように聞いていたのだが、父の血筋にあたる人間が僕たち兄弟以外みんな亡くなっているため、借金は真っ先にこちらへ飛んでくるのだと聞かされて青くなった。
冗談じゃない!
そんな額はとても払えない。僕はすぐさま、評判のよさそうな司法書士事務所に連絡を取った。
実際に事務所で話し合い、相続放棄の手続きを取ることが決まった。父親との関係を完全に清算するわけだ。
戸籍謄本など、必要な書類を集めて回り、裁判所への申請は司法書士の先生にお願いした。
相続放棄は、父の死亡を知らされた日から3ヶ月以内に行わなければならないらしい。年明けすぐにその日はやってくる。年末年始はどこも閉まるはずなので、年内にすべて終わらせる必要があった。
ひとまず申請をお願いして、裁判所から書類が届くのを待つことになった。
ドタバタしたのがプラスに働き、少し気分が変わった。
僕は、このミス大賞に応募した「少女たちの秒針」を改稿することにした。この作品ではノストラダムスを扱ったが、2021年にこの題材で書く理由が見いだせないと指摘を受けた。そこで中心になるテーマを、非常に影響力のあるYouTuberという設定に変えた。その上で全体を書き直す。
大規模に手を入れた原稿は、12月の個人的風物詩となっている星海社FICTIONS新人賞に送った。原稿は「黄泉の時計」と改題した。
その数日後、裁判所から相続放棄の手続き完了通知が送られてきた。司法書士の先生に報告すると、それだけでは駄目で、証明書をもらう必要があるのだと言われた。
そこで僕と弟は、完了通知を持って裁判所へ行った。裁判所にこんな形で来ることになるのだから、人生とはわからないものだ。
相続放棄証明書は無事にその場で受け取ることができた。どこかから支払いの話がやってきたらこれを見せればいいという。
こうして、父との関係は完全に切れた。
司法書士の先生がまとめてくれた書類を見たら、父が最後に住んでいたアパートは、僕が買い物に行く時、いつも原付で通り過ぎている道端にあった。こんな近くにいたのか。知らなかった。しかし、だからどうということもなく、手続きは終了した。特別な感情は湧かなかったように思う。
そして12月下旬、鮎川哲也賞の一次結果が出た。通っていた。
これで、本当の意味で安心して年越しを迎えることができる。
祖母も老人ホームに入り、環境が大きく変わった。
いろんな意味で大変な2021年であった。
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