初めて納得いかなかった講評

 4月になってすぐ、電子雑誌『メフィスト』が配信開始になった。

 ここにはメフィスト賞の結果が載っている。


 僕は前年11月に『牢獄探偵・姫室ひめむろ恋歌れんかは歩かない』という作品を応募していた。

 なんの連絡もなかった時点で落選はわかっていた。

 問題はどの段階で落ちたかだ。


 メフィスト賞の特徴といえば、やはり編集部座談会だろう。

 編集者それぞれが応募作を読んで、編集部全員に読んでもらいたいと思った作品は座談会に推薦する。そして、座談会で取り上げるには弱いけど、惜しいと思った作品には「もうちょいで座談会」というコーナーで読んだ編集者の方からコメントがもらえるという仕組みだ。


 僕の中では、座談会で取り上げられた作品は普通の新人賞でいう最終候補作、もうちょいで座談会に載った作品が一次通過作というイメージだった。


 早速ダウンロードして座談会を読んだ。

 しかし僕の作品のタイトルは最後まで出てこなかった。


 そのまま、もうちょいで座談会のページを見た。あった。ということはあと一歩、何かが足りなかったということか……。


 そう思って編集者の方のコメントを読んだ。

 そして強い疑念を覚えた。


『キャラクター重視で、ミステリーはつけたしのように思えました』


 と、書かれていたのだ。


 そんな馬鹿な。

 連作短編全5話それぞれにホワイダニットの趣向を取り入れ、エピローグでは各話に仕込んでおいた伏線を回収して連作長編に変化させるという仕掛けをやったのだ。それを「つけたし」の一言で片づけられてはたまらない。


 初めて、もらった講評に納得がいかなかった。ライトノベルの評価シート、最終選考の選評と、これまでもらってきたコメントはすべてうなずけるものだった。しかし今回ばかりは受け入れることができなかった。


 その後に続く『精神障害に関する描写は、実際に苦しんでいる人への配慮が足りない(※大意)』という内容には納得した。というか、自分が精神障害者だからそこは意識していなかった。剥き出しの描写がマイナスだったのだ。


 納得いかない部分と、直せる部分がはっきりしている原稿。

 この作品を今回の応募で終わりにしたくはなかった。


 僕は応募先を考えたが、枚数や賞のカラーの問題もあってなかなか決めることができなかった。


 とりあえず改稿応募は決めているので、指摘された部分を修正、全話の構成を再度チェックした。間隔を置いてさらに数回確認したのち、いったん放置した。応募先が決まったら、体裁を整えて出すだけだ。


 特殊な事情で忙しくなったので、放置期間は長引いたが。


 消防団には、ポンプ操法大会というイベントがある。

 三人の選手がいかに速くホースを展開させて連結、放水し、目標の的を倒せるかを競う大会である。的を倒すまでのタイムと、展開と連結、ポンプの水圧の的確さなど、技術点を総合的に見て順位を決めるのだ。


 僕の地区では5年に1度、出番が回ってくるようになっていた。それがこの年だった。


 選手は断ったが、団員は練習を手伝わなければならない。5月上旬から6月末の大会当日までに週3回の練習が組まれた。火、木、土曜日の夜7時半からで、長い時は10時過ぎまで終わらなかった。


 選手は、ぐるぐる巻きになったホースを下手投げで展開する。まっすぐ伸びれば得点につながり、曲がったりねじれたりすると減点される。なので練習ではホースを投げまくった。それを巻き取って元の形に戻すのが僕ら団員の仕事だった。


 巻き方に問題があると投げる時に支障が出るので、何度も巻き直した。専用の巻取機にホースをかけて、ハンドルをひたすら回して巻いていくのだ。これがかなり体力のいる作業で、僕はすぐ腕がパンパンになった。


 その間に選手はどんどん投げるので、次から次へとホースがやってくる。みんなで「疲れたー」とぼやきながら作業を続けた。


 そんな事情もあり、平日の夜が何度もつぶれてしまった。

 しかも、大会で上位に入ると県大会にも出場することになるので、場合によってはさらに拘束期間が延びる可能性もあった。


 そして職場だ。

 施設内の枕木を取り替える作業を行うことになった。木材の老朽化であちこちが砕けたり剥げたりしていて見栄えが悪かったのだ。

 通常なら業者にお任せするタイプの仕事だったが、なぜか自分達でやろうという話になった。

 埋め込まれた木材をたがねで叩いて削り、そこに新たな木材を設置する。が、古い木材がやたらと堅く、一日中えんえんとたがねを叩きまくらなければならなかった。毎日汗でびっしょりになった。

 たがねは金槌で叩く。使うのは右手。

 消防団のホース巻きも右手でやる。

 そのせいで右腕だけ筋肉がついていった。


 肉体労働が急激に増えたために疲労困憊状態で、そもそも原稿ファイルを開く元気すらなかった。


 新潮ミステリー大賞の受賞を祈るだけで、小説関連はまったく手につかなかった。


 天気は安定していて、そういう時は不思議と祖母もおとなしい。それだけがこの時期の救いだった。

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