本命だけが進まない
PCを三代目に変えてからも執筆はガンガン続けていた。
が、大本命である「インフェルノ・ゲーム」が思うように進まなかった。
元特殊部隊のメンバーである主人公が暴走したツキノワグマと戦う。
一方、ツキノワグマの暴走に関連した殺人事件が起きており、これを捜査するエピソードを並走させる。とある要人が〈駒〉と呼ばれる探偵達を使って真相を知ろうとするのだが、これを調べるのがもう一人の主人公。
それぞれの話は問題なく進むのだが、両者をリンクさせる部分に引っかかりができていた。どうも、想定した展開にはほど遠い。〈駒〉の主人公が現地へ飛んでからの流れはほとんど「作者が二人を合流させたいからそうしている」と受け取られても仕方がないくらい強引なものになってしまった。
こうしたフィクションで、キャラより作者の都合を優先させると、ご都合主義と指摘される可能性が高くなる。「このキャラの性格ならこんなことはしないだろう」といった行動・発言をさせてしまうと、途端に文章越しに作者の顔が浮かび上がる。それだけは絶対に回避する必要があった。
書いては消し、書いては消しを繰り返したがよくならない。
かつてないほどの行き詰まりを感じた。
そんな中の、1月の最終日。
鮎川哲也賞の最終候補者が発表された。
「発表されてるよ」という報告を見て東京創元社のサイトに飛んでいったが、電話が来なかった時点で二次落ちなのはわかっていた。もちろん最終候補者の中に自分の名前はない。「ヒョウキンダルマ獄」にはけっこうな手応えを感じていただけに悔しかった。
ツイッターでは創元の編集者さんが「今年は激戦の年で、落選した中にも印象的な作品が多かった」とつぶやいていた。その中に僕の作品も混じっていたのだろうか、だったらいいな、と思った(4月の最終選考では今村昌弘さんの『屍人荘の殺人』が受賞した)。
そして2月。
「インフェルノ・ゲーム」は完全に停滞していた。
こういう時は別の作品を書いて頭を切り替えるに限る。というわけでライト文芸を書いてみようと思った。ライト文芸の存在感は日を追うごとに増しており、ここにも可能性を感じていた。
イメージはすんなり固まった。
安楽椅子探偵。
連作短編集。
そして百合。
少し前にサブロウタさんの『citrus』という漫画を読んで、僕は百合という概念を理解した。そして好きになった。果ての見えない広大な草原に飛び出してしまった気分であった。
――という事情もあって、そのうち機会を見つけて書きたいと思っていたのだ。
条件は整った。
やるしかない。
書くにあたり、ミステリではおなじみのパターンを採用した。
つまり、現職の警察官が安楽椅子探偵のもとに事件を持ってくるあの形式だ。警察官が第三者に情報を漏らすことについては新潮ミステリー大賞で指摘されていたので、探偵が外部に出られない状態にあったらうっかりこぼしてもセーフではないかと思った(安易)。
ある事情により自宅で幽閉同然の生活を送っている女子高生が探偵役。事件を持ち込むのは語り手の女性警察官である「私」だ。
すべての短編に共通点を持たせるべく、謎はホワイダニットで統一することにした。探偵は動機という観点から事件の真相に迫っていく。
とても楽しく書けた。
「そっかぁ、これ年の差百合かぁ」なんて思いながら進めた。
連作は全五編。
二日で一編を書き、10日で一冊分の分量に仕上がった。
謎解き度はかなり抑えめなので、これを新潮ミステリー大賞に応募しようとは思わなかった。
色々調べてみると、2016年に創刊されたライト文芸レーベル、スカイハイ文庫が作家募集をかけていることに気づいた(2019年3月25日現在は休止中)。
推奨するページ数は40文字×34行で100~120枚。ちょうどこの規定に収まっている。
レーベルカラーを調べるためにスカイハイ文庫の作品をすべて買った。創刊まもないレーベルだったので冊数も少なく、集めるのは簡単だった。その中では階知彦さんの『シャーベット・ゲーム』が特に面白かった。丁寧に構築された本格ミステリで、こういう作品を出しているのならホワイダニット一点特化の作風も理解してもらえるのでは。そう思った僕は、早速応募フォームから作品を送り、返事を待つことにした。
再び「インフェルノ・ゲーム」に取りかかった僕だったが、相変わらず二つのストーリーが交錯するところで立ち止まっていた。そもそも物語の構造からして設計ミスを起こしていたのではないか。自然と疑いも出てくる。かつてここまで、同じ場所で足踏みした経験はなかったからだ。
というわけでまたこの原稿から離れた。
小説家になろうで新作の連載でもやってみるか、と考えた。それまでにアップしたのはすべて新人賞に出した完成原稿。一からサイトで書いてみようと決めた。
タイトルは「ガイアの親指」とした。道尾秀介さんの『カラスの親指』をもじったものだ。
特殊能力を持った人間達が、人類を脅かす謎の生命体と戦う話だ。一度この手のバトルものを書きたかった。また、未知の存在と戦う話では軍隊が噛ませ役になることが多いので、戦車が敵の群れを吹っ飛ばすシーンを書きたいな、という思いもあった。
こちらも原稿は快調に進んだ。
PVも増えることは増えるが、やはり上位作品に比べればまったくたいしたことはない。しかしブックマークがついたり、たまに評価を入れてくれる方もいて、連載は楽しかった。
一ヶ月ほどで第一部完までこぎ着けた。その頃にはもう3月に入っていた。つまり新潮ミステリー大賞の締め切りの月である。「インフェルノ・ゲーム」は壊滅的に進んでいなかった。毎日ファイルを開いたり、数日あけて開いたりしたが打開策は出てこなかった。
やがて三ヶ月のアパート生活の終わりがやってきた。
とうとう一回もインスタント食品に手を出さなかった。体調もだいぶよくなった。
しかし原稿が間に合いそうにないので精神状態はまったくよろしくなかった。
締め切りまで一週間を切ると、ほとんど諦めの体だった。
二ヶ月ほどずーっと考え続けていたにも関わらず、原稿は終盤に至るやや手前で止まったままだった。
今から書き上げたところで推敲の時間も取れない。
ああでもないこうでもないも迷っているうちに、とうとう3月31日がやってきてしまった。
僕は気持ちを切り替えるために、「新潮ミステリー大賞に応募される皆さん頑張ってください」とツイートして応募しない宣言をした。
収穫は大きかったが、ダメージも大きかった三ヶ月間の生活であった。
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