ちょっと邦楽の話いいですか?

 2月、アパートにいた時、母から連絡があった。


 シンガーソングライター、永井龍雲りゅううんさんがお隣の須坂市へコンサートにやってくる。チケットを取ったので行こう。


 そういう内容だった。


 というわけで4月上旬、祖母を親戚に預け、僕と母と弟の三人で須坂市へ向かった。


 永井さんは僕が敬愛する歌手の一人である。

 中学生の時、母が車で流してくれた「星月夜」という曲を聴いて以来のファンなのだ。


 コンサートの開始時間まで、僕はドキドキしていた。


 永井さんの好きなところと言えば、高く伸びる透き通った声だ。

 しかしもうすぐ還暦ということもあるし、かつての声がまだ出るのだろうか。そんな失礼なことを考えていた。


 開演時間。

 永井さんがステージの袖から現れた。

 バックバンドはいない。

 ステージ上にあるのはギターとハーモニカだけである。


 え、全部一人だけでやるの?


 CDを聴いた限り、サポートミュージシャンはたくさんいるはずだった。だがここにはいない。


 正直、この時点ではかなり不安だった。


 ――が、永井さんがギターを持って、「ではでは……」とつぶやいてからいきなり歌い始めた瞬間の衝撃はものすごかった。


 永井さんは学生時代にデビューしている。その頃の声は高くて綺麗で、どこか儚さもあった。


 その時の高音はそのままに、力強さが加わっていたのだ。ずんと心臓を直撃するような声と情熱的なギター。


 僕は、無駄な心配をしていた自分を、本気で、死にたくなるくらい恥ずかしく思った。


 知っている曲も知らない曲も、とにかく素晴らしかった。


 五木ひろしに提供してヒットした「暖簾のれん」も、永井さんが歌うとまた別の曲のように聞こえる。


 永井さんが若き日に亡くした母の故郷を歌った「ルリカケス」はひときわ美しかった。僕は涙を抑えるので精一杯だった。


 途中では、須坂市出身の音楽評論家、富澤一誠氏が登場。前年、永井さんは「顧みて」という曲で日本レコード大賞の企画賞を受賞しており、それに携わっていた富澤さんが企画の経緯などを話してくれた。


 コンサート終了後には、会場でCDを買った人全員に永井さんがサインを書いてくれるという。


 永井さんの近年のCDは特定の会社の通販以外では手に入らないようになっていたので、我が家は迷わず4枚のアルバムを買った。


 待っている間、サインしてもらっているお客さんと永井さんの会話が聞こえた。「昔とキー変わらないですね」と言われてお礼を言ったり、「五木さんのより好きです」と言われて苦笑していたりした。


 順番が来て、永井さんの前にアルバムを四つ置くと、「こんなに買ってくれたんですか」とびっくりしている様子だった。母が「学生時代からファンでした」と伝えると笑顔で「ありがとうございます」と言ってくれた。ぼくと弟は緊張のあまり「これからも頑張ってください」としか言えなかったが。


 とても充実したコンサートだった。

 もうすぐ職場のシーズンが始まるとか、祖母の介護などで鬱々としていた精神が一気に回復していた。




 ところで我が家の母は、学生時代にフォークソングのブームが直撃した世代である。


 なので、家にはものすごい量のレコードがある。それをカセットテープにとって車で流していた。


 僕も弟も、幼い頃からずっとそれらを聴いて育ったので当然のようにフォークが大好きだ。


 僕の中でのフォーク四天王は、かぐや姫、永井龍雲、ふきのとう、村下孝蔵(五十音順・順位はない)である。


 中でも村下孝蔵は中学時代に聴きまくった。今でも聴いているが、90年代に早逝してしまったことが本当に惜しまれる。


 歌唱力、ギターテク、作曲センス、歌詞の美しさ、どれを取っても隙がない。特に弾き語りは圧倒的である。あれだけ弾きながら歌える人はそうそうお目にかかれない。


 そして、日本語を大切にした歌詞が素晴らしい。綺麗な言葉を書きたいと思った時は、村下さんの歌詞を読み返す。「踊り子」「夢の跡」「だめですか?」などの詩はもう文学と呼んでもいいと思う……。



 そんな具合で中学生までは本当にフォークばかり聴いていた。

 他に聴くとしたらジャニーズの楽曲だった。これも母の影響だ。当時はKinKi Kidsが一番好きだった。中三の時に出た「ビロードの闇」は今でもたまに聴いている(カップリングの「春雷」も名曲)。


 さらにこの頃は堂本剛・国分太一のユニット、トラジ・ハイジの「ファンタスティポ」を母が頻繁に流していて、僕もリピートしまくった。同じ年にはあの「青春アミーゴ」も出たし、KAT-TUNがもうすぐデビューシングルを出しそう、という雰囲気で、もっともジャニーズにはまっていた時期だったと思う。


 なので僕の中で音楽と言えばフォークとジャニーズみたいなところがあった。それ以外だと、歌番組でたまたま聴いたポルノグラフィティ「ジョバイロ」がすごく好みで、初めて自分のお小遣いでCDを買った。それくらいである。


 だから、高校に進学した時には困った。

 僕は高二になるまでカラオケに行ったことがなかったのだ。

 友達に連れていってもらったはいいが、画面に出てくる歌手がまったくわからない。


 みんなが邦ロックを歌う中、僕がフォークとジャニーズばかり歌うので、一人だけ浮きまくっていた。


 勉強しよう、と思った。


 友達が歌っている中でいいなと思ったのがJanne Da Arcだ。最初に聴いたのは「メビウス」という曲で、しばらくこれをずっと聴いていた。ただ、ちょうどこの頃に活動休止になって、メンバーがソロ活動に入ってしまった。

 Acid Black Cherryまで追いかける気力はなかったのでとりあえずJanne Da Arcを聴きこむことにした。ボーカルのyasuが絶妙に高い声を出すので歌おうとしても声が出ない、出ても終盤まであごが持たないというパターンが多かった。


 ともかくこれをきっかけに友達が好きなグループ、歌手の歌を聴くようになった。


 よく聴いたのはBUMP OF CHICKEN、RADWIMPS、ELLEGARDEN。これさえ押さえておけばクラスの男子とカラオケに行っても困らないという当時の三大バンドだった。ここにJanneを加えると、僕の中の高校時代バンド四天王が出来上がる。


 RADWIMPSは徐々に売れ出してきたタイミングで、「セツナレンサ」を頑張って覚えようとしていた記憶がある。高校を卒業する頃に「アルトコロニーの定理」が出たが、これは当時のRADファンにはけっこう衝撃的なアルバムで、あまりにこれまでの雰囲気と違うから、これをもって解散するのではないかとみんなで話したものだ。


 会社に入ってからは同じバンドの新曲を追いかけるだけだったが、急病で倒れて療養期間に入った頃、同じ曲ばかり聴いていて生活が単調に感じられてきたので開拓を始めた。


 Sound Horizonはかなり衝撃的だった。こういうジャンルもあるのかという驚きがあり、「石畳の緋き悪魔」「Ark」「澪音の世界」「恋人を射ち堕とした日」などは一日に何度繰り返し聴いたかわからない。


 ACIDMANのスリーピースバンドとは思えない音圧にも圧倒された。「飛光」「波、白く」「新世界」などが印象的だ。


 アニソンを聴くようになったのは病状が回復してからのことだった。

 声優さんが歌うものもいいが、ロックバンドが起用されるとすぐに調べた。他の曲も調べて、ファンになるパターンが多かった。


 そうやって出会ったのがだいたい次のバンド。

 KANA-BOON(すべてがFになる)

 MUCC(メガネブ!)

 UNISON SQUARE GARDEN(血界戦線)

 ラックライフ(文豪ストレイドッグス)

 QUADRANGLE(ジョーカー・ゲーム)

 THE SIXTH LIE(ゴールデンカムイ)

 これらのバンドは今も新曲を追いかけている。


 今の自分にとって特に大きい存在になっているのは三つ。


 まずMAN WITH A MISSION。「Raise your flag」から入ったが、「鉄血のオルフェンズ」OPとして知ったのではなく、YouTubeのおすすめに出てきたのを何気なくクリックしてはまったのだ。「Mirror Mirror」のちょっとけだるそうな感じが特にい。


 続いてHello Sleepwalkers。若手で面白いバンドないかなーと探している時に出会った。変則的な曲調が多く、聴いていて飽きない。哲学的な歌詞もすごく好きだ。アルバム「シンセカイ」は恐ろしく洗練された傑作だと個人的には思っている。現在YouTube上で公開されている「過去の色素」という曲がデモバージョンなのにすでに素晴らしいので、完成版の公開が待ち遠しい。


 最後にTHE ORAL CIGARETTESシガレッツ。ブックオフの店内放送で「容姿端麗な嘘」を聴いて一発で落ちた。YouTubeで公開されているMVの数が多く、その大半がこちらのストライクゾーンを突いてくるものだったのでアルバムを全部まとめて買ってしまった。もっとも最近知ったバンドになるが、今年に入ってからもっとも楽曲を聴いているバンドだと思う。やまたく(ボーカル)の裏声がすごく好きだ。


 長々語ってしまったが、こうやってフォークしか知らなかった人間は、今やほとんどのジャンルを聴く人間になった。


 歌謡曲や演歌、アイドルグループも聴いている。ジャンルに関係なく、自分が聴いて「好き!」と思ったら何度でも聴く。


 これは読書にも通じるものがある気がする。

 僕は本格ミステリとライトノベルを中心に書いているが、読む方に関してはジャンルを気にしない。あらすじを読んで面白そうならとにかく手を出してみるのだ。


 作り手としてはジャンルを意識したいが、受け手としては常に雑食。それが思わぬ形で役に立ったりする。これからもこの姿勢は変わらないだろう。


 それにしても、過去に聴いた曲の名前を挙げていくと、ずいぶん時間が経ってしまったなあ……と思わずにはいられない。年を取るっていやなものですね(雑すぎる締め)。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る