風邪、認知症、復讐譚

 新人賞五連敗を喫したあと、僕は次の応募先を10月末日締め切りの講談社ラノベチャレンジカップに定めた。

 これは講談社ラノベ文庫新人賞より賞金が低く設定されているが、上限枚数なし、新人のみ応募可、二次通過で担当編集者がつくといった特徴があり、惹かれるものがあった。


 応募するにあたり、まずはこれまでに作ったプロットを見返した。そしてふと「変な方向にひねりすぎなのでは」と思った。


 新人賞なのだから新鮮な作品を求めている、というのはよく言われることだ。僕は斬新さを狙いすぎて逆に作品を破綻させまくっているのではないか。そんな気がしてきたのだった。


 というわけで、今回は筋のシンプルな作品を書こうと思った。


 このタイミングで、僕はある作品に出会った。

 芥川賞作家の丸山健二さんがハーマン・メルヴィルの名作を超訳した『白鯨物語』だ。


 僕は思った。

「異能使いが帆船に乗って海のモンスターをハントする話というのはどうだろう?」


 これならばシンプルな筋書きで、単純にキャラクターや設定で勝負ができる。

 やってみるか、と決意した。


 僕はタイトルから入ることが多いので、今回も最初に題名を考えた。

 ここで、井上夢人さんが小説現代で「逆立ちするクロノス」という作品を連載しているのを思い出した。かっこいいタイトルだ。こんな感じのタイトルを自分でもつけてみたい。連載開始直後にそう感じたのが蘇ってきた。


 少し考えた末、タイトルは「逆立ちする海神ネプチューン」に決定した。


 海のモンスター〈海魔かいま〉に唯一の家族である姉を奪われた主人公は、手に入れた異能で大蛸・クラーケンに単身復讐を挑む。しかし巨大すぎる相手に勝てるはずもなくあっさり敗れ、海中に没する。そこをヒロイン達が乗る帆船に拾われ、復讐に協力してやるからあたしらの仕事も手伝え――という契約を交わすことになる。


 これ以上ないくらいシンプルである。

 海洋ファンタジーは『蒼海の黒刃』『碧海航路』ですでに経験しているので、海の描写はわりかしすんなり書くことができた。あとは設定を出す順番などを考えながら話を進めていった。


 ――が、仕事で少々ばたつき、中盤にさしかかったあたりで締め切りの月である10月に入ってしまった。

 さらにタイミングの悪いことに、風邪をひいてしまった。どうも熱っぽいな、と思ったら38度を超えており、寝て休むしかなかった。


 問題はまだあった。

 夏頃から祖母に出始めていた認知症の症状が明らかに悪くなってきていたのだ。物忘れがひどい、というレベルから、数分前にした会話や日付まで思い出せなくなるところまで進んでしまったのだ。「今日何日だっけ?」という質問を数分の間に何度も受けるのは非常にきついものがあった。その他にも質問の反復が連続してゆっくり寝てもいられない。


 正直、締め切りに間に合わない気がした。


 それでも簡単に諦めるのは嫌だったので、デスクトップPCを床に置き、布団の中でうつぶせになってキーボードを叩いた。一回応募すると決めたからには絶対に作品を完成させる。迷いはなかった。


 不思議なもので、普通に書いている時よりも明らかに集中力が上昇していた。いつもと同じ時間で倍のページ数が進んだ。だからといって誤字脱字が多かったり意味不明な文章が書かれているわけでもない。自分に何かが取り憑いているような気さえした。


 幸い、風邪は数日で治った。

 その間にストーリーは一気に進み、あとは最終決戦を残すのみとなっていた。発熱ブーストだな、なんて弟と冗談を言い合ったものだ。


 決戦シーンは海のうねりをどうにか表現したかったので改行を多用した。

 例えば、


 上に、

 下に、

 あおられるように、

 ゆっくりと迫っていく。


 こんな具合に。


 かくして決戦を無事に書き終えた僕は、エピローグできっちり締めて原稿を完成させることができた。


 長編を書いている時は高確率でアクシデントが起き、今回も例外ではなかったが、思わぬブースト効果が発生したりして、何はともあれ貴重な体験をした。


 締め切りまで一週間ほど余裕があったので、文章のチェックは念入りに行い、三日前に余裕を持って応募した。


 今回は一本に集中したのだ。

 確実に的に当たってほしい。

 あとは願うだけだった。

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