長野県神城断層地震

 大きな出来事を書き落としていたのであとから追記してみる。


 2014年、11月22日。

 夜10時。


 僕はその夜、発売されたばかりのポケモン・アルファサファイアをプレイしていた。長時間のプレイにだんだん疲れてきて、いったんDSを閉じた。


 イスの背もたれに体を預けて目を閉じていた。


 しばらくして目を開けると、時計は午後10時10分を指していた。


 その時、「ゴーッ」と、大型ダンプが走り抜けた時に起きるような音が聞こえた――と思った直後、すさまじい横揺れが部屋を襲った。


 でかい!


 とっさに思ったのはそれだけで、あとは何も考えられなかった。


 僕はイスに座ったまま、ベッドのフレームを掴んで揺さぶられることしかできなかった。止まらない地鳴りと家の軋み。目の前で本棚が次々に倒れ、本が床に散乱していった。一メートルとないのに、手を出すことすらできなかった。下手に動いたらおしまいだと、本能が告げていた。


 長い揺れだった。

 なかなか収まらなかった。


 ようやく揺れが小さくなっていき、周りが静かになり始めると、残った音は緊急地震速報の甲高いアラームだけだった。静寂が戻ってきた時、部屋の中はめちゃくちゃになっていた。山ほど買い込んであった本はことごとく床に落ち、積んであった本の山もすべて床に広がった。唯一の救いは、デスクトップPCが倒れることなく元の位置を維持していたことだった。


「おーい! 生きてるか!」


 僕は弟の部屋に呼びかけた。


「おう」とすぐに返事があり、ホッとした。通路は本で埋め尽くされ、文字通り歩く隙間もない。本を左右に積み上げて通路を確保すると、弟の部屋に入った。


 弟の部屋には大きな洋服ダンスがある。真ん中を連結させて二段にするタイプだ。その連結が外れ、上半分が倒れていた。タンスは、弟の机のすぐうしろに置いてあった。それがまっすぐ倒れて、イスを直撃していた。


「よく当たらなかったな」

「テレビが落ちそうになってさ、押さえようと思って動いたらうしろに倒れてきたんだよ」


 ゲーム用のテレビは、机の左側に置いてあった。弟は、揺れが来た瞬間、とっさにそちらへ動いたのだ。その場にとどまっていれば、間違いなくタンスが頭を直撃していただろう。


 僕達はすぐ一階へ下りた。

 廊下に置かれている棚や道具はみんな倒れていた。

 リビングも悲惨だった。食器が散乱し大半の皿は割れていた。テレビが倒れ神棚が危うく外れかけていた。


 母も祖母も無事で、ひとまずは安心した。


 テレビを起こしてニュースを見た。すでに地震の報道が行われていた。長野県北部で震度6弱。その範囲には僕の住む地域も含まれていた。


 あれが震度6弱……。


 まさに、未知の衝撃だった。

 体が揺れているような感覚がなかなか抜けなかった。乗り物酔いにも似た気分の悪さが徐々に強くなってきて、動くのが億劫になった。


 続く大きな余震も受けたが、僕達家族四人は、これ以上倒れてくる物がないリビングでずっと待機していた。


 どこへ避難しろということもなかった。屋外は樹木に電柱と色々あるから、外に出る方が危険にさえ思えた。


 どこで寝るか。

 仏間の隣の座敷が比較的安全そうだという話になり、そこに布団を持っていって寝ることになった。


 弟はさっさと寝てしまったが、僕は混乱と興奮で眠れそうになかった。ちょうど土曜日。BS11とBS-TBSで深夜アニメマラソンを行う日だった。母がニュースを見るため粘ったので、「Fate/stay night(2クール目)」は見られなかった。仕方なく次の「蟲師 続章」を見た。「俺、ツインテールになります」は家族の前で見る度胸がなかったのでいったんテレビを消したが、その間にみんな寝たので最後に放送された「甘城ブリリアントパーク」を見てから僕も寝た。


 アニメ見てる場合じゃないよなぁとも思ったが、他にやることもなかったし、動揺を抑えるにはちょうどよかった。


 翌日になって外に出てみると、アスファルトのあちこちにひび割れが見られた。庭の片隅にある墓も被害を受け、墓石の上部が大きくずれていた。


 この地震は奇跡的に死者ゼロで済んだのだが、マスコミが報道をやめるのも早く、情報は地元の信濃毎日新聞が頼りだった。


 僕は丸一日かけて部屋の片づけをして、ついでに大掃除もした。普段できない本棚の裏も、ずれたことだし徹底的に綺麗にして戻した。

 PCにも影響はなく、データが消えたということもなかった。

 創作を再開したのは、本震から三日後のこと。ただ、しばらくは揺れが恐ろしくて、不意の衝撃で転ばないよう変な体勢でPCに向かっていた。


 この地震がどう影響したかは不明だが、この日以降、僕は非常に酔いやすい体質になった。家の車はともかく、慣れない車の揺れに弱くなったのだ。

 また、音に敏感になった。

 家から少し離れたところを県道が走っていて、路線バスが通るのだが、通過の振動が異常に気になる。最初のうちなど、「また地震だ!」ととっさにPCを押さえてしまったくらいだ。


 東日本大震災からこっち、大きな地震はたびたび発生していたが、自分がまさか被災者になろうとは想像もしていなかった。

 やはり、災害は他人事ではない。

 そう思い知らされた。

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