2014年

下手な鉄砲数打ちゃ当たる?

 2014年。

 職場が四月下旬までの冬期休業に入ったので、冬場ニートの立場を存分に活かして原稿を書くつもりでいた。

 僕は春の新人賞締め切りラッシュに合わせて複数の原稿を並行して進めていた。


 群像新人賞に出した原稿は、時間が経つにつれて徐々に自信がなくなってきて、そのうちとうとう、こりゃダメだろうと思うようになった。


 なので、三月から五月にかけての新人賞を狙うことにした。


 まず、ミステリーズ!新人賞(三月末日締め切り)。短編ミステリの賞だ。これについてはすぐに出せる原稿があった。

 モバゲーの創作者サークルで、前の年に競作を行った。テーマは「血」。血の要素を含んだ短編を出して得票数を競うというものである。

 ラノベを書く人の多いサークルだったので、みんなホラーとか吸血鬼あたりで攻めてくるのではないかと予想し、僕は血縁関係を使うことにした。ある画家が遺した一枚の絵から彼の生い立ちを読み解くという趣向の作品で、日常の謎系列の短編に仕上げた。

 タイトルは『「慈悲ぶかき血」の構図』。これはミステリ界の巨匠、土屋隆夫のデビュー作である『「罪ふかき死」の構図』をもじったもの。

 結果的にこの競作では、投票者十数人中、二人から票を得ただけという結果に終わった。ただ、それまで何度かやった競作企画では得票数ゼロが続いていたので嬉しかった。

 この作品の文章や台詞回しに手を入れ、ミステリーズ!用の原稿とした。


 次に小説すばる新人賞(三月末日締め切り)。

 高校時代の友人N君に江戸川乱歩賞に出した『魂市』を読んでもらう機会があったのだが、彼は「なんで乱歩賞に出しちゃったの? これ小説すばるっぽくない?」と言うのだ。確かに小説すばる新人賞は青春要素の強い作品が受賞することも多いので、ワンチャンあるかも、という気はした。なので再改稿して用意。


 ここまでは三月に入る前に準備を終えた。

 ――が、アクシデントが発生した。

 心療内科で新しく処方された薬が絶望的に合わず、副作用を起こしてしまったのだ。一気に体調を崩し、テンションも上がらなくなり、寝てばかりで数日を浪費してしまった。何日経っても気分は回復せず、鬱々とした状態が続いた。いつになく吐き気もひどく、冷や汗も噴き出る。めまいもあって、なかなか布団から出られなかった。

 けれど、部屋でぼんやり天井を見ていて、ふと、「この精神状態で小説書いたらどうなるかな……」と思った。

 弟にデスクトップPCを動かしてもらい、僕は布団に入ったまま何を書くかも決めずに小説を書き始めた。

 熱に浮かされたように原稿に没頭した。

 そして意味不明なものが出来上がる。

 ――殺された女の死体が街を放浪している。そこにどんどん蝿が集まってきて、蝿の渦は巨大化していく。女の放浪は止まらず、ついには都市全体が蝿の群れに呑み込まれて生物がすべて消え去ってしまうというものだった。

 三月末になってやっと鬱状態から復活すると、これはこれで貴重な作品のような気がしてきた。そこで僕は、これに「蝿の爆風」というタイトルをつけ、恐れ知らずなことに新潮新人賞に送ってしまったのだった。純文学系新人賞でもかなり歴史ある賞だ。なんてことをしてしまったんだと今でも思う。


 かくして三月は三つの作品を送り出した。


 そして四月。

 だいぶ前に「夜光列車」という短編を書いたが、これを電撃小説大賞に出してみようと決意した。やっぱり、書いただけではいられなくなったのだ。これも文章と台詞回しをチェックの上で応募。


 さらに新作に手をつけた。

 狙いは講談社ラノベ文庫新人賞。まだ若いレーベルで、応募数もあまり多くなく狙い目の賞だと判断した。

 ここではバトルものを書いた。

 これまでに書いてきたバトルものは、どうしても浅井ラボ『されど罪人は竜と踊る』の影響がにじみ出ていた。

 ならばいっそ、寄せまくった作品を書いてしまえと考えた。これは『され竜』に対する卒業論文だ!――そんな気持ちで作品と向き合った。

 異能バトルに国際的な謀略を絡ませ、スケールの大きな話にした。

 タイトルは「レフトハンド・ブラザーズ」。

 マジシャンは片方の手に客の視線を集め、もう片方の手で仕込みを行う。主人公はメインヒロインが策略を仕込んでいる間、敵の目を惹きつける左手のような存在である、という意味を込めてつけた。


 講談社ラノベ文庫新人賞は四月末日締め切り。なんとか三週間で書き上げて推敲も終わらせたものの、肝心の四月最終日は、冬期休業の明けた職場に出なければいけない日だった。田舎なので郵便局は午後五時で閉まる。終業時間も五時。山奥からでは、街まで下りるのに手間も時間もかかる。

 どうするか。

 迷った末、お昼に抜けることにした。職場は昼休みが変則的だ。現場の人間が順番に事務所で弁当を食べ、次の人と交代する。なのでゆっくりできる時間は、本来ならないのだ。しかし主任もたまに抜けることだし、大丈夫だろうと判断した。


 その四月最終日はすさまじい土砂降りだった。僕は車を持っていない。移動は常に原付だ。ただ移動するだけならレインコートを着ればいいが、原稿があると話は違ってくる。原付のトランクに原稿を入れると折れてしまうので不可。車は母が出勤に使うのでこれも不可。


 結局僕はナイロン袋で、原稿を入れた封筒を二重に包んで、服の胸の中に入れて原付を走らせた。そして主任の許可をもらってお昼に抜け、最寄りの郵便局へ持っていき、なんとか応募を完了することができた。


 こうして五発の弾丸が発射された。

 どれか一つくらい当たるだろう。

 そんな楽観とともに、僕は仕事と読書の日々に移っていった。

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