雑誌に……自分の名前が!

 3月。

 僕は新たな作品を書き始めた。


 次もミステリに挑戦だ。

 色々考えた結果、学園ミステリを書くことにした。


 今回はタイトル先行。


 まず『キャンディーレイン』という題名が浮かび、そこからイメージを連想して作っていった。


 ヒロインを二人置く。

 主人公の彼女を飴村、恋人と敵対しているヒロインを雨宮とする。

 二人の対立を軸にして発生する殺人事件、その解明と青春の痛みを描きたかった。


 タイトルの通り、作品の中では雨がずっと降っている。重たい雰囲気を意識しながら書き進めた。


 そして4月を迎える。


 ネット上では、江戸川乱歩賞の最終候補になった人には4月上旬に電話がかかってくる、という噂があった。


 正式発表は4月22日発売の『小説現代』誌上だが、それより先に連絡が行くことは確かだと思った。


 電撃小説大賞でも、受賞者がラジオで、8月中旬(二次選考発表後)に電話がかかってきたと言っていた。どこの新人賞もそんなに変わらないだろう。


 僕は毎日、携帯をずっと離さなかった。


 電話がかかってくることを期待していた。


 2012年の項で書き忘れたが、僕は『魂市』からペンネームを変えている。

 尾上草介から尾上おがみ草太郎そうたろうとしていた。前のはどうもしっくりこなかったのだ。


 一日一日が過ぎていった。

 土日は出版社が休みだから、連絡が来ないのはほぼ確定だ。平日はとにかく落ち着かなかった。


 だが、4月10日あたりを過ぎても僕の電話は鳴らなかった。


 中旬になって、落ちたか……と諦め始めた。


 すると重要になるのは、一次落ちか二次落ちか、あるいは三次落ちかということだった。


 これまで一次選考すら通過したことがない。それができているだけでもモチベーションは変わるはずだった。


 日は流れていき、22日になった。


 夜、家族で買い物に出かけることになった。


 僕は書店に寄ってほしいと頼んだ。山道を下っている時のドキドキ感は大変なものだった。


 書店に着いた。


 僕は小説誌コーナーに向かった。


『小説現代』の5月号が並んでいる。


 手に取った。

 江戸川乱歩賞の予選通過者、最終候補者の名前が待つページをめくった。


 ざっと見ていく。


 どうだ、どうだ、どうだ……。


「あっ――」


 思わず大声が出かかった。


 ――あった!


『魂市』尾上草太郎――と、左端に書かれていた。


 明朝体なら一次通過、ゴシック体なら二次通過。


 僕は一次を通過しただけで、二次選考で落とされていた。


 でも、通ったんだ……。


 初めての経験だった。手が震えた。


 すぐレジに持っていった。


 家族に「一次通ってた!」と報告すると、みんなびっくりしたあと喜んでくれた。僕が最初の関門で止められていることを知っていたからだ。


 プロ作家が「受賞できなきゃ一次落ちも最終落ちも同じ」とたまに言う。

 それは事実だ。

 しかし、一次と二次の間には大きな差があると、僕は思う。


 自分の名前を一度も見られないまま落とされるのは悔しい。本当に作品は届いたんだろうか? 規程違反していて読まれてすらいないのでは?――なんてことまで邪推したくなる。


 経験の少ない駆け出しなら、なおさら一次通過は大きい意味を持つ(そうではない人もいるだろうけど)。


 僕はやる気に火をつけられ、次作の『キャンディーレイン』をしっかり完成させよう、と強く思えた。

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