2013年

達成感の1月、衝撃の2月

 年明けから、僕はしばらく『魂市』に触れなかった。


 小説を読んだり、雪かきをしたりしながら時間を過ごした。


 二週間が過ぎ、地元のどんど焼きが終わった頃、再び『魂市』を開いた。


 通読して違和感のある表現を変更し、キャラの性格にブレはないかなどを確認した。


 いったんプリントアウトして、今度は紙の原稿で読んだ。


 PCの画面で見るのと、紙で読むのでは感覚がかなり異なる。画面上では気づかなかった誤字に、紙の上だと気づけたりする。僕はなるべく応募前にプリントアウトして、原稿に赤ペンを入れることにしていた。


 手間もかかるし、コピー用紙やインク代も意外に食う。それでも、応募原稿には人生を賭けているのだ。ここは惜しんではいけないところだと思っている。


 一月の終わり頃、僕は『魂市』のチェックを終えた。


 二回目のプリントアウトをして、もう一度だけ通読する。原稿に折れ目などをつけないよう、細心の注意を払う。ここでもまだ、誤字が見つかったりする。発見したミスをメモしておき、あとでまとめて打ち直し、再度印刷。差し替えて完了だ。


 封筒に入れる時も、折れ目を気にする。また、ミスした原稿や、応募要項を印刷した紙が挟まっていないか確認する。まずありえないことだが、どうしても神経質になってしまうのだ。


 封筒をのり付けし、郵便局へ行く。


 余裕を持って応募ができた。あとは結果を待つだけだ。


 郵便局を出たら、思わずガッツポーズしていた。かつてない達成感があった。結果がどうなろうと、無駄な経験にはならないはずだ。




 そして二月。


 しばらくはインプットに専念することにした。積んだままになっている小説を崩していく。その中で鮮烈な出会いがあった。


 自分の創作に影響を及ぼすほどの作品というものに、これまで何度か出会っている。


 綾辻行人さんの『水車館の殺人』、浅井ラボさんの『されど罪人は竜と踊る』、多島斗志之さんの『海賊モア船長の憂鬱』、恒川光太郎さんの『夜市(風の古道)』、道尾秀介さんの『カラスの親指』がそうだった。


 この月、そこに二冊が加わった。


 まず真藤順丈さんの『墓頭ぼず』だ。これはタイトルから惹かれた。双子の弟の死体が頭に埋まったまま生まれてきた男の生涯――もうこれだけでゾクゾクする。そこにアジアの近代史を絡め、実在の人物まで登場させて物語を展開させていく。明るい話ではない。むしろ徹底的にダークだ。そこにしびれた。過剰なまでの熱量を孕んだ文体もかっこよく、何よりすごかったのは、このすさまじい物語が、最後まで息切れせず美しく締められたことだった。

 とんでもない小説に出会ってしまった――。

 興奮のあまり、数日他の本に手を出す気がまったく起きなくなったほどだ。圧倒的な傑作だった。しばらくは何を読んでも面白く感じられないんじゃないか。そんな心配をしたくらいだ。


 しかし、傑作との出会いは続いた。


 安部公房『水中都市・デンドロカカリヤ』がそれだ。これまで純文学にはあまり手を出さずに来た。難しいもの、というイメージがつきまとっていたからだ。しかし幻想小説を好きになったことで、純文学方面にも面白い作品がたくさんあることを知った。その中で安部公房を読む気になった。幻想小説っぽいタイトルもよかった。短編集だが、まず巻頭の「デンドロカカリヤ」にしびれた。語り口が最高なのだ。僕はこんな文体の小説を読んだことがなかった。物語は暗いが、文体からあふれるユーモアが素晴らしく、こういうの、自分でも書いてみたいと思った。他の短編も刺激的で、中でも「詩人の生涯」「水中都市」がよかった。短編集はゆっくり読むタイプだったが、こればかりは耐えきれず一息で全部読んでしまった。


 長編と短編集。


 それぞれの大傑作に出会えたことで、創作の幅が広くなったことは間違いない。


 この月を境に、僕は積極的に純文学作品にも手を出すようになる。

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