狙いは江戸川乱歩賞だ!

 江戸川乱歩賞を目指すことに決めた僕は、本気のネタ作りに着手した。


 まずは舞台。『うみねこ』のような話が書きたい。というわけで孤島にしようと決めた。


 島には怪しげな洋館があって、ある夏の日、六人の客が訪れる。

 館には主人とその妻、親族が数人、使用人が三人。しかし、使用人の一人が最近行方不明になっているという設定だ。

 この行方不明になった使用人を使って、焼死体入れ替えトリックをやろうと考えた。だけどそれだけで長編が持つとは思えなかった。やっぱり密室トリックはあった方がいいかなと思って考えたものの、いい案が浮かばない。


 とりあえず、客人と親族が一人ずつ殺されていくストーリー展開にするつもりだった。


 タイトルもこの段階で決めた。『七夜ななよの晩餐』である。


 嵐の孤島にはしないことにした。他の手段で島を孤立させようと考えた。まずクルーザーのエンジンを故障させる。電話線はすべて犯人が切ってしまう……。


 ――と、こう書けばだいたい察していただけるかと思うのだが、全部手垢がつきまくった設定である。真新しい要素は何もない。これで新人賞に挑戦しようとしていたのだから無謀もいいところだ。


 しかも、社会派ミステリが強かった時期の乱歩賞にこれを出そうとしていたのだから本当に無知は怖い。


 情報を仕入れることもせずに、僕はなんとかプロットを完成させた。


 そこで新たな問題が浮上する。


 パソコンが手元にないのだ。中古で買ったノートパソコンが壊れたばかりだった。二代目を買うだけの余裕はない。


 迷った末、400字詰め原稿用紙に書くことにした。


 すぐさま50枚ほど買ってきて、最初の文字を書いたのが十月の半ばくらいの話だった。


 まずはプロローグで犯人の独白だ。続けて本編に入る。


 そこまではよかったが、今度はリアル事情が邪魔をしてきた。


 残業時間が長くなったのだ。


 毎日深夜の一時、二時くらいまでの残業が続いた。僕の仕事はプラスチック製品を成型機から取り出すことで、ずっと同じ場所に立って、えんえんと吐き出されてくる製品を取って並べるを繰り返すだけである。


 これがしんどくて辞めた人もいるらしいが、僕は立ちっぱなしの間、ずっと小説のネタについて考えていた。単純な作業だから別のことを考えていてもミスはしなかった。


 しかし、考えれば考えるほど、トリックが成立していないのではないかということが気になってきた。


 残業が増えて疲れもたまり、マイナス思考になりやすくなった。

 そのせいで、十一月に入ると、原稿にまったく手がつかなくなってしまった。


 僕は最初の原稿でいきなりくじけたのである。

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