とある作家志望者が七転八倒しながらデビューを目指す話
雨地草太郎
2009年
始まりの夏
2009年7月。
僕はネットカフェに入り浸っていた。
高校を卒業し、地元の工場に入社して三ヶ月。
初めての一人暮らしをしてみて感じたのは、土日って思ったよりやることないなということだった。
なので週末になると暇つぶしにネットカフェへ行ってオールするのが習慣になっていた。
そこで僕はある漫画に出会った。
竜騎士07さん原作『ひぐらしのなく頃に』のコミック版である。
そういえば高校の時、オタクのクラスメイトがこれにはまっていると言っていた。せっかくだし読んでみるか。そんな気持ちで手に取った――「宵越し編」を。
ひぐらしファンの方ならおわかりかと思うがこれは番外編である。順番通りに並んでいなかったので、一番左にあったこれから読んでしまったのだ。
しかしすごくわくわくしながら読めたのである。
いいなこれと思って、順番めちゃくちゃに読んでいきどんどんのめり込んだ。
その時は「皆殺し編」がまだ途中で、「祭囃し編」が始まったばかりのタイミング。いいところで終わっていてつらい! もっと読みたい! と思った僕の目には同じ原作者の『うみねこのなく頃に』、コミック版が映った。
原作者が同じなら面白いはずだと手に取る。読む。これも途中までだけどやっぱり面白い! むしろ舞台設定はこっちの方が好き! そんな感想を持った。
当時、僕は趣味でケータイ小説を書いていた。そこにうみねこショックが訪れ、自分でも似たようなものを書いてみたくなった。
しかし、僕がこのころ書いていたのは三国志風の架空戦記だった。ミステリ(当時はこの呼称も知らなかった)は書いたことがないし読んだこともない。もっと言えばプロ作家の小説を通算で10冊も読んでいないような人間だった。2006年あたりから始まったケータイ小説ブームに乗っかって書く方から入ったのだ。読んでいたのも同じケータイ小説ばかり。
このとき僕は、「推理小説は特殊な形態のジャンルのはずだから、ちゃんとプロの作品を読んで勉強しよう」と思って書店に向かった。
ネットでおすすめのミステリを調べたところ、一番よく名前を見かけたのが綾辻行人さんの『十角館の殺人』だった。早速買って読んだ。……が、僕はあのトリックをうまく理解できなかった。ミステリというのは、密室とかアリバイトリックとかが出てくるものだという思い込みがあったので、思ってたのと違う! と感じたのだ。いま思うともったいなさすぎる出会いである。
続いて読んだのは有栖川有栖さんの『46番目の密室』。こちらは僕のイメージ通りのミステリで、こういう風に書いてみよう、と意識した。
しかしネタが浮かんでこない。
困ったのでさらに色んな作品を読んだ。
森博嗣さんの『すべてがFになる』とか東野圭吾さんの『仮面山荘殺人事件』とか、漫画では『金田一少年の事件簿』とか。
高校までずっと野球をやっていたこともあり、漫画や二時間ドラマですらミステリにほとんど触れてこなかったのが、ここにきて響いた。
ネタ出しだけで一ヶ月以上かかった。
そして八月の終わり。
決定的な出会いが訪れる。
長野県内の書店が、ある作品をプッシュし始めた。
遠藤武文さんの『プリズン・トリック』である。
遠藤さんは僕と同じ長野県出身。地元作家が生まれたので書店が応援し始め、それが目についたわけだ。
僕が気になったのは、帯に書かれた「本年度江戸川乱歩賞受賞作」という文字だった。
江戸川乱歩賞……そういうものがあるのか。
手に取って、パラパラめくってみた。すると、最後のページに「第56回江戸川乱歩賞募集要項」というものが載っていた。
――衝撃的だった。
これがプロ作家になる道なのか!
それまで僕は、プロ作家がどうやって誕生するのかまったく知らなかった。募集要項を見て、初めてそれを理解したのだ。内容に衝撃を受けたわけではないというのが、作者には申し訳ないけれど。
これまでに、僕は長編を三本完結させていた。
ケータイのテンキーをポチポチ押して、一ヶ月半で550ページの長編を書いたこともある。書き切る自信はあった。
――小説家を目指そう!
そう、思ってしまったのである。
ここから、新人賞へ向けての戦いが始まった。
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