洞窟編

四の火は揺らぐ

「《仮面》、か。アルに掛ければなかなか使えそうな魔術だな、だとか言って記しておいたのだったな。しかし、さすがにこれを使った所で人間の居るところに行こうなどとは思えないが………と、またか」


最近、独り言が多くなっている。とある図書館で学んだ知識を写した自作の魔術書を手繰りながら、ただひたすらに魔術の研究をしていた。場所は以前、ドライが採石に使っていた洞窟を使用している。見つかってしまうような山の付近、上空を飛んでいたのが悪かったのだ。洞窟に引き篭もる分には、ヤツも来ないだろう。そう思っている。


もし、仮に、万が一にもヤツに再び遭遇した時の為に魔術を研究する。あの人型でありながら、相当な防御力を持っているようである鎧を貫いて、死に至らせる。ただし、前回とは違ってセブンは居ない。喰われてしまった。普通に体が損壊しただけならば、母星に於いて蘇生する事が叶うだろう。しかし、ヤツの開いた口。それはどうしようもない深淵であり、帰る事など望めないものであるのを見たのだ。


こんな事を思いたくはない。だが、セブンをセブン足らしめる因子、魔術でも取り扱われる概念で表すならば、魂。セブンの魂は決定的に傷付けられてしまっている。喪われてしまった、と言われても驚けない。ヤツの口は、どうしようもない、絶望そのものだった。


だから逃げたのだ。生きていて初めて、逃亡を選択した。魔術書を手放さなかったのは本当に幸運だった。これを落としていたら、本格的に何も出来なくなってしまって、どうなっていたかわからない。


今は、出来ることをするだけである。つまり、魔術をヤツがあの口を開く前に叩き込んで絶命させる。しかし、この魔術書、古代から伝わる魔術知識にはそのような魔術はない。魔術というのは基本的に事前準備に時間が掛かるものなのである。すぐに使える点で、チルが使っていた噴霧器や、ウノが開発していた電撃銃とやらの方が、魔術より優れている。それはまぎれもない事実だ。


けれど、魔術には噴霧器や電撃銃などの技術の産物では不可能な現象を起こす事ができる。現象の例としては、魔術の対象に心臓麻痺与える、対象に動けなくなる恐怖を与える、自らの腕を毒蛇に変化させる、など。とても技術でできないような事が可能である。


それに、もう魔術以外に頼れる物が無い。あぁ、自らはこれほど弱い存在だったのか。そう気付かされる。あの山から逃げて来てから、背の羽は神経が切れてしまったように動かない。自分の星から、遠くの星へと幾らでも飛んで行けた筈の羽が、動かない。兄弟だけでなく、羽さえも失って。あとはもう魔術しか残っていない。いや、父は居る。たしかに父は母星に居るだろう。しかし、居るだけなのだ。父は母星から離れられない。そのような体であるのだ。だから我ら兄弟がどこまでも飛んで行くのを、きっと羨ましく思っている。もう、会えはしないだろうが。


こうなる事がわかっていたのなら、遠く遠く、それこそ宇宙の彼方でも届くような思念のやり取りが出来る手段を、ウノとでも相談しながら造り上げるべきだった。


そうすれば、少なくとも、独り言などしなくても済んだのに。


冷たい。見上げれば、洞窟の天井からしずくが落ちたらしかった。できなかった事を悔いる時間は終わりだ、と知らされた気がした。


「そうだな。悔いていても仕方がない」


呟いて、再び魔術書へと向かう。《萎縮》《吸魂》《心臓停止》……ヤツを殺しうる魔術は幾らでもあるのだ。それに、いつヤツがこの洞窟を嗅ぎつけるかもわからない。後悔などには時間を取られている暇はない。さぁヨン。集中しろ。兄弟の中で一番の秀才と父より称された力を、今こそ!


『サトー、この奥。居るからね』

「え、マジ?」


声がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る