佐藤惣一の憂鬱

人間、どうしてこうなったのだろうと叫びたくなる事は、人生において沢山ある。それはどこの誰にでも言える事で、ありふれているのかもしれない。


だが、しかし。俺、佐藤惣一はどうしてこうなったのだろう度が尋常じゃない。


ふつうに小中高と進学していって、大学は第一志望に見事合格。成績や素行に問題はなく、恙なく卒業の見込みが立つ。で、この先どうしようか?就職といっても強いて希望職種はない。だからといって親のすねに舌鼓を打っていたい訳でもない。周囲の人間が将来を定めていくなか、一人の男が目の前に現れ、こう言った。


「ウチの研究所に来ないか?」


その人物は、俺の叔父だった。二年に一回くらいのペースで俺を訪ねて来たりする、話の面白い、しかし何の職に就いているのかはてんで分からない。そんな謎に満ちた人物だった。希望職種がない、ってのは言い換えると研究職がしたかったという意味だったし、なら大学院に進めば良かったのでは?と思われるかもしれないが、俺の研究は少し、いいやかなり特殊で、もしかしたら俺以外に扱える人の居ない研究であるかもしれなかった。実際、卒業論文は俺の研究を取り扱ったものだったが、まるで理解が得られなかった。


それはまぁ、俺自身の事情もあるのだけれど。


その点、叔父の研究室への誘いは完璧だった。俺がこの先どうしようかと悩んでいたタイミングといい、誘ってきたのが俺の事情も、研究も理解できる叔父であること。まさに渡りに船!俺は特に信仰は無いけれど、この運命をもたらした存在は崇めてもいいかも!と舞い上がった。そして、叔父に俺の出来る最大限のいい顔でこう言った。


「話を聞こうか」


よくよく思えば、どうしてこうなった祭の元凶はこの瞬間だった。叔父に研究所入りを打診された時点で、転がり落ちていくのは決まっていた。あのとき、俺には叔父は天使にすら見えていたが、実は契約書握る薄笑いの悪魔が正しいところだったのだろう。


『ねぇサトー』

「・・・なんだよ」

『ここ何処だろう』

「天下のGoogle先生は何だって?」

『Google?アイツはいい奴だったよ・・・』


そう、レイチェル。スマートフォン型のデバイスで実質的なお出かけが可能になってからというものの、正直うざい。ネットから拾って来たらしいワードをやたらにぶつけてくる。知ってるネタなら良いけども、ね。


「結局、電波はダメなんだな」

「そうだね。てっきりどこでも電波通ってると思ったんだけどねー」


俺もそう思ってた節があったので、「近くに自然あるじゃん!行こうぜ!」みたいな暴走ハイテンションレイチェル発言を「そうだな!」と肯定してしまった。あれ?もしや俺が後のことを考えないから「どうしてこうなった」が発生するのか?マジか。いまさら気付いた俺自身の性格い凹む。むちゃくちゃ凹む。ほら、空もなんか曇ってきたし。なんか良いことないよ最近・・・。研究も進まないし・・・。


『あ!ため息した!幸せが逃げるらしいよー?』

「ため息ぐらいで飛んでく幸せならいらねーよ」

『うわぁ捻デレ・・・』

「はいはい捻くれ人間ですよ俺は」

『あ、デレは無かったや』


どうしてこうなったんだろう。一時のテンションに身を任せたせいで大自然のなかで迷子になっている。高校の頃の俺はそう言っても信じないだろうな。いま、俺、アメリカ住んでたりもするし、本当に妄言めいていて信じてもらえなさがマシマシだ。どうしてこうなっちまったんだろうな、と目を遠くするとドス黒い雲が流れてきた。思いっきり降りそうだな。


「雨が降りそうだから、走るぞ」


この前、信号に遅れそうになって走って、「目が回ったろうが!!」とキレられたので、今回はちゃんと先に言っておく。小雨が降ってきて、これは今に大雨になりそう。……レイチェルのデバイスって防水入ってたっけ。憶えてない。少し濡れるぐらいなら大した事ないだろうが、大雨になると不安が出てくる。本来手を出さない工学の分野に本気出して作ったデバイスを、雨でおじゃんにしたくない。本気で雨宿りできる場所を探そうか、と思った時に目に入ったのが洞窟だった。


洞窟にもいろいろ、成り立ちによって名前が付いていたりするのだろうが、入口が小綺麗?と言えば良いのだろうか。入口として意識された風に感じられる。原人とか居たタイプの洞窟なのだろうか。レイチェルにも意見を、と思って気付く。さっきから、走ると声をかけてから、レイチェルは押し黙っている。喋る事がないから黙っている、のではなく。喋らない理由がある。


この前の悪霊屋敷事件の時もそうだった。


雨に濡れない程度に洞窟へ入り、沈黙が破られるのを待った。五分か、十分が、一時間や二時間にも思われた。そして、レイチェルはいつもより低い声で、俺のほぼ予想通りの言葉を発した。


『サトー、この奥。居るからね』

「え、マジ?」


分かっていたのに、どうも間抜けな応答をした。

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