いざ地球へ
「それで、こいつの名前は決まっているのか?」
サンクからこれでもか、というほどの説明を受け、私はふと思った事を聞いてみる。
「決めてません。というか、決めないでおきます」
「決めないでおく?」
「ええ」
サンクが機械にハサミをやる。ドライが集めていた石でコーティングされた表面は、何も描かれていないキャンパスの如く真っ白で。これからこの星を出て、地球へと赴く宇宙を泳ぐ旅の中で傷付く事を思うと、切なくなってしまうほど。私でさえそうなのだ。サンクはもっとだろう。サンクの機械を見る目は、それこそ親のような、温かいものだった。
「こいつには、みんなの力を借りたから。みんなで名前を考えたいんです」
思わず溜息が漏れる。さっきまでは中二病でどうなる事かと思ったけれど。段々と成長していってる証だったのか。それに、私なら例え協力を得たとしても、自分が主体となった発明には自分で名前を付けてしまう事だろう。素直に感服だった。
「だから、ウノ、アル、ドライ、チル、セブンのことは頼みます」
「あぁ、私に任せておけ」
サンクの信頼に、親指を立てて応える。グッドラック。サンクとこいつの旅に、幸運のありますように。神さま、彼らをお護りください。なんて言わない。私もまともな地球人だった頃はいっぱしのクリスチャンだったが、もう、こうなってしまっては、さすがの神さまも管轄外だろう。それに、この星は地球からかなり遠いようだし。
さらに付け加えると、サンクがこれから地球に喧嘩売りに行く訳だし。
あくまでも、最悪の場合ではあるけれど。サンクがチームの持てる技術の粋を集めた結果として、使い方を間違うと、つまりヨンを探すという目的から少しでも逸れると、地球の皆さまに喧嘩を売りかねない。ぽこじゃか死人が出るかもしれない。しかし、私はサンクを止めない。息子であるサンクが人間を殺すかもしれないが、止めない。別に人間が憎いのではなく、人間よりも遥かに、うんと遥かに息子たちに価値を置いている。ただ、それだけの事。
だから私はストラフトン山で息子たちが神格の召喚実験をすると知っていて止めなかったし、なんならその場面を中継して貰ってさえいた。
面白かったのだ。
規定の円陣、魔法陣と呼ばれるそれを用意し、規定の呪文を唱え続ける。それだけ、たったそれだけの単純な事を行った結果。
バーモント州、ジェニングは氷に閉ざされた。
息子たちが私に見せてくれた景色は、面白かったのだ。
善良な地球人であった時には見られない光景がそこにはあった。そして、それと同様の光景が、息子たちが活動する限り、私に無限に提供されるのだ。次はどんな光景を見せてくれるのか、楽しみで楽しみで堪らない。
そして、そんな残虐と称される活動を、邪悪と誹られる所業を、まるで悪だと感じていない。無邪気なままに行う彼らが、たまらなく、愛おしい。
「では、ヨンを助けに行ってきます」
サンクはいつのまにか出発の準備を整えていたらしく、私にしばしの別れを告げる。
「行っておいで。私はここから見守ってるから」
サンクは無言でハサミを上げる。私も同じように腕を上げた。お互いに、ぶつける。ハイタッチに似た、私たち独自の挨拶。いつもなら七回行われるのだが、今回は一回だけだ。
サンクが機械に乗り込んでいくのを見て、私も飛び立てるよう、天井を開ける為のリモコンを手にした。そして、改めて機械を眺める。最初は奇妙な生き物のように見えた機械が、サンクなりのユーモアが込められた形であるように見えた。もしくは、サンクにとって、この機械は戦闘用ロボットの形をしているのかもしれなかった。そのような問いを投げよう、と思って口を開け、閉じる。どうせなら、そのようなサンクをイジる催しは、息子たちと私が誰一人として欠けていない場で、和気藹々と行われるべきだ。
機械のエンジンが点火。ジェット噴射が始まる。私が天井を開けると、見知らぬ星座が顔を見せた。あまり機械の近くにいるのは危険なので離れる。機械に付いた小窓から、気負った顔のサンクが見えた。今までは、ウノについていけば、他の息子たちについていけば良かった。しかし、今回は一人。私は何も言うまい。サンクの気負いは、彼だけのものであるべきだ。機械が徐々に地面を離れる。ジェット噴射が赤から青へ変わる。煙が辺りに広がる。
初速が案外速いらしく、煙をシッシと払った頃には目の前から機械は消えていた。飛行機雲と呼んで良いのだろうか、残滓だけが、天井の延長上の空に伸びていた。
「しっかりやれよ、サンク」
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