プリン

叩いて渡るほうの石橋

プリン

 周囲の迷惑にならぬよう少し音を抑えて、イヤホンから音楽を流し帰る。一日を費やして多彩な花を咲かせたような気もするが、平凡で昨日までとまるで同じ24時間であったような気もする街灯だけが明るい時間。疲れだけが胸の辺りに貼り付いていて、今日のドラムはそれを剥がせていない。


 唇の先から甘味を欲している。スーパーにでも寄って何か買おうか。甘い菓子にも多々種類がある。シュークリームだったり、ケーキだったり、大福だったり。


 いいや違う。いま私はプリンを求めているのだ。ぷるぷると揺らぐあれを口の温もりで溶かして行きたい。そしてそれを、ごく、と喉の先へ流し込みたい。心地好い冷たさが既に腹の内にあるかのように思い浮かべることが出来る。


 しかし幻は幻でしかないのだ。プリンはこの世界に存在こそしているが私の手の内に無ければそれはないことに等しい。私の死まで時間があとどれほどあるかなど知る由もないが、生を全うしたときプリンを一つ食べたか否かがどのように私を形作るのかわからないが、ただこの幻影だけは野放しにしておいてはならない気がした。


 確固たる意思を抱きながら最寄りの駅前のコンビニエンスストアへ入る。早く、早くと急ぐ足のせいでドアがもどかしい。おとなしく小さいカップをたった一つだけこの細い手で掴んだ。しっかり、もう離さぬように握りしめると今度こそはと言わんばかりにドラムが強く胸を打っていた。


 すぐに部屋を暖かくして一口、スプーンにのせたそれを堪能する。決して高級感の漂う味ではない。しかし、これだ。これしか無い。奴が満足感の湖へ私を沈ませることは容易いとでも言っているようだ。


 如何に全力で道に足跡を残そうとも、今日のプリンが無ければ私はどこかで転んでいただろう。当のプリンも描かなければただの空想だったに違いない。


 朝日が昇れば歩こう。実りを求めて植えよう。今日はめでたし、明日からまた新しい日が始まる。

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プリン 叩いて渡るほうの石橋 @ishibashi

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