番外編3.何故、祓い屋で働く事となったのか
大学に通っている僕は、自分がここにいていいのか不安になっていた。
何をしたいというわけでもなく、ただ世間体というものを考えて大学に入った。
しかしこの前田伏と行ったトンネルの件以降、ずっと胸がもやもやしている。
今のまま日々を過ごしていたら、僕はつまらないという感情を抱えたまま生き続ける事になりそうだ。
それは何だか嫌だった。
変わりたい、変わらなくてはならない。
だけどどうしたら良いのだろうか。
そう思っていたけど、特に何かをする事の無いまま時間だけが過ぎていた。
行動力の無い僕は自分の境遇を駄目だと思うだけで、全く何もやろうとしていなかった。
だから、ただこのまま人生を過ごしてしまいそうだ。
そんな焦りが僕をせかしていた。
そのせいなのか。
僕は普段だったら絶対にしない事を、何も考えずにやってしまった。
「どこだろう、ここ」
気が付いたら、何故か海にいた。
季節が冬だからか、ちらほらとしか人はいない。
そんな中で、砂浜に体育座りをしながらただ海を見ていた。
こんな風に黄昏るなんて自分らしくない。
分かってはいるけど何となく動けず、寒くなってきても暗くなってきてもその場にいた。
見える範囲に人がいなくなってきた頃、辺りが急に騒がしくなった。
僕はゆっくりと辺りを見回す。
しかし誰も何もいないので、何だか嫌な予感がした。
これはトンネルの時と空気が似ている、本能がそう言った。
さすがに知らない土地で、そういう何かに襲われるのは危険だ。
そう判断して立ち上がろうとしたのだが、体を全く動かせなかった。先ほどまで動かせていた顔すらも固まっている。
「な、何でっ⁉」
驚いた僕は唯一動かせる口で、大きな声を出すがどうする事も出来ない。
周りに誰もいないから助けも期待出来ず、そのままどこからか得体のしれない何かが近づいてくるのを待つしかない。
見えない、だけどそれがものすごいスピードで僕の方に近づいているのは感じた。
このままじゃ襲われるのは絶対だ。
こんな所で僕は死ぬのか。
それこそ、本当につまらない人生で終わる。
僕は嫌で嫌でしょうがなかった。
だから必死に体を動かそうと、脳から命令を出した。
しかし僕の意思とは裏腹に体は全く動かないまま、それは目の前に現れてしまう。
何と表現したらいいのだろうか。
今までに見たことの無い、よく分からない生物。
それは四つん這いになって僕を見上げ、大きな口を広げていた。
これから何が起こるか、すぐに僕は理解する。
体を動かせないまま僕は、こいつに喰われるのだ。
それだけは嫌なのに、僕に力が無いせいで状況を変えられない。
そして後悔したまま、死んでいくのか。
すぐ起こる未来に絶望して、僕は目を閉じた。
いつ痛みが来るのか。
それとも何も感じずに死ぬのか。
恐怖で色々なことを考えていると、いつまで経っても何も起こらないことに気がついた。
まさかもう死んでしまったのか。
恐る恐る目を開けた先には、驚きの光景が広がっていた。
「何だお前。俺と対等に戦えるとでも思ってたのか。そんなわけないだろ」
そこには1人の男の姿があった。
見上げると首が痛くなるぐらい背が高くて、目つきの悪い人が。
しかも1番驚いたのは、その人が僕を襲おうとしていたやつを踏んでいる事。
踏まれているそれは、暴れようとしている風に見えるのだが、まるで手が出せていない。
僕はというと、突然な事に驚いてどうしたらいいのか分からず戸惑ってしまう。
まずこの人は助けに来たのか、新たな敵なのか。
もし敵だとしたら、今度こそ僕の命はないだろう。
それぐらい男は、圧倒的に強かった。
「あ、あの」
「ん? 誰だ?」
僕は男が何者なのか、探るために話しかけた。
彼は話しかけられて初めて、僕の存在を認識したらしく首を傾げて見下ろしてくる。
行動は可愛らしいものなのに、何故か威圧感が増した。
そのせいで蛇に睨まれた蛙みたいに、僕は何も話せなくなってしまう。
「何でここにいるんだ? 全部どけたとおもったんだけどな……ああ、そういうわけね」
男は不思議そうに見つめていたが、僕の後ろの方を見て何故か納得した。
そして踏んでいたそれに体重をかけて、嫌な音と共に潰して消す。
それが消える際に出した断末魔の悲鳴は、しばらく耳に残った。
その様子を全部見ていた僕はというと、やはり何も言う事も動く事も出来ない。
「あーあ、見られちまった。ま、いっか。お前、今日見たこと聞いたこと全部忘れられるよな」
何でだろう。
男の言い方に、言う通りにしなくてはならないという気持ちになりかけた。
しかし僕は、それを素直に聞くことが出来ない。
彼といれば変われる気がする。
そんな予感がしたからだ。
だから彼がどこかへ行く前に、何とか勇気を振り絞って話しかけた。
「あ、あの。僕を、僕を弟子にして下さい!」
「……は?」
勇気を振り絞った言葉に返ってきたのは、面倒くさそうな顔とドスの効いた声だった。
僕は小動物のように縮こまるが、それでも諦めたくない。
「お願いします! 何でもしますんで! 掃除洗濯食事の用意でも、労働基準法の範囲内であれば働きます! 雑用だって! お願いします!」
「……ふーん」
ようやく動かせるようになった体を、全面に使って僕は土下座をして頼み込んだ。
しばらくそうしていれば、上の方からそんな声が聞こえてきた。
「その言葉は本当だな。どんな感じか、試してみるぐらいはやってもいいか。俺の名前は村上雅弘だ。よろしくな」
その言葉は、僕が欲していたものだった。
信じられない気持ちで見上げると、そこには手を差し伸べている姿がある。
「よ、よろしくお願いします! 村上さん!」
僕は嬉しくて涙をにじませながら、その手を取った。
これが、僕が祓い屋で働く事となった経緯である。
その次の日から事務所にお世話になったのだが、村上さんが体のいいお手伝いが欲しかったと分かったのはすぐだった。
最初は膨大な仕事量に、あの時村上さんに頼んだ事を後悔したのは、今では良い思い出だ。
祓い屋 瀬川 @segawa08
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