番外編2.とある視点の話





 私の自我が産まれたのは、ずいぶん昔の事だった。

 それまではどこにいて、どこから来たのか覚えていない。


 いつの間にか、私はとある神社で祀られていた。

 定期的に掃除をしてもらい、お供え物をされる。



 他に比べようが無いから分からないが、今の状況はとても恵まれたものなのだろう。

 この生活は私も気に入っていた。





 時間が経つにつれて、神社に来る人が減っている。

 私は敷地の木の上に寝そべりながら、ぼんやりと考えていた。


 神にとって、信仰は無くてはならないものだ。

 それが無くなったものは、人を恨みながら消えていくという。

 もうすぐ私も、そいつらの仲間入りをするのだろう。


 不思議と恐怖も怒りも湧き上がらなかった。

 元々、訳が分からないまま神になっていたのだ。

 そのまま消えていくのも、また一興というもの。



 こうしてこの神社もさびれていくのか。

 とても良い場所なのは知っているから、それだけはもったいないと思った。





 そう思っていたのだが、まだ寿命はつきないようだ。

 最近、親子連れが神社に毎日お参りに来るようになった。


 数か月前に引っ越してきたのだろう、明らかに古ぼけたここに来るのだから相当な物好きなはずだ。

 そしてその親子、特に5歳ぐらいの子に私は興味を持った。



 一言でいうと、もう長くない。

 産まれた時からの体質なのか、いつも良くないものをその体にまとわりつかせていた。

 それがジワジワと寿命を縮め、いつ憑り殺されても不思議ではない。


 幼いのに、なんと不幸な子供だろうか。

 私は久しぶりに神社に来た人に、いつしか興味以上の感情が湧いていた。



 親子がお参りをしてくれる間は、私の存在が消える事は無い。

 それを利用するべきだ。

 私は残っている力を使い、まず親の方の夢に入り込む。


 そして神社にお参りを続けないと、子はすぐに死ぬと警告した。



 これで上手くいけば、私は存在し続ける。

 もし駄目でも、それが人間というもの。


 潔く諦めて、そのまま消えるだけだ。





 効果は私の想像以上だった。

 子は成人した今も、毎日ではないが定期的に神社に来て掃除をしてくれる。


 そのおかげで私は、神格が高くなった。

 だからという訳では無いが、子の為に色々としている。



 大学生になった子は、未だに危なっかしい。

 この前なんかはどこに行ってきたのか、男女の霊を核とした大量のよくないものをまとわりつかせていた。

 私が消さなきゃ、子は死んでいたかもしれない。


 落ち着いた生活をしてほしいものだと、最近心配になってしまう。





 子が働き始めたようだ。

 よくは分からないが、霊などを祓うのが専門らしく前よりまとわりついている量が格段に減った。

 あまり害のないものは除霊しないので、私の仕事はなくなった訳では無い。


 しかしその内、私を忘れてそちらに助けを求めるかもしれない。

 その時は消滅を意味するが、それよりも子がここに来ない方が嫌だと思った。


 長い間、成長を見届けていたせいで愛着が湧いてしまったらしい。

 私の姿が子には見えない事が、こんなにももどかしいとは。



 自然に身を任せるしかない。

 私はすでに諦めていた。





「お、ここか」


 その日、神社に見知らぬ男が入り込んできた。

 背が高く目つきの悪い顔に、私は警戒する。


 せっかく子が綺麗にしているのを荒らされたら、たまったものじゃない。

 もし悪さをするようだったら、罰をくわえる事もやぶさかではなかった。



「見つけた」


 しかし真っ直ぐに視線が会った瞬間、その考えはどこかに吹き飛んだ。

 まさか私が見えているとは。


 驚きつつも私は、その男からかすかに感じる子の気配にすべてを理解した。



 この男か。私から子を奪おうとしているのは。

 そう思うと憎くて、男の存在を消してやろうかと力を溢れさせた。


「待て。俺は今日、あいつの話をしに来たんだ」


 普通の人間だったら立っていられないはずなのに、男は平然とした顔でそんなことを言ってくる。

 中々の力はあるようなので、私は少しは話を聞いてやるかと男に視線で促した。


「この前、話を聞いたんだけど。今まであいつを守ってきたんだろう? それを、これからも続けてほしいんだけど、構わないよな?」


 くだらない話だったら、すぐに消してやると身構えていた。

 しかし男は簡潔に、そして普通の口調でそんな事を言ってくる。

 言われた私の方が、面食らってしまうぐらいだった。


『それはいいが、何故お前がやらない?』


 さすがに話しかける。

 意思疎通をしないと、男と話が噛み合わなそうだからだ。


「俺も祓えるけど、無尽蔵に連れてこられると面倒なんだよ。それならいままで通りに守ってもらって、危ない時は俺がやるから。あいつが危なくならないように見張るし、あんたの元へこれからも定期的に行かせる。悪い話じゃないと思うけど、どう?」


 男の提案を受けて、私は考えた。

 確かに神社にいない時の子の様子を、今のところ確認する術を持っていない。


 もし危険な目にあっても、すぐに助けに行けないのは私も問題だと思っていた。



 男は気に食わないが、提案を受けた方が得策か。

 そう結論を導き出して、私は頷いた。


「よし。よろしく頼むな。その代わりとして、俺も定期的にここに来るから」


 それは嫌だったが、力のあるものに来てもらうと力がためやすい。

 渋々、私は男が来る事を許した。





 それからの日々は、とても退屈のしないものだった。

 約束通り、子も男も定期的に神社に来て掃除をしてくれた。



 そうしていると私はどんどん力をためて神格も高くなり、その内に使役する存在が欲しくなった。

 そんな時に、タイミングを見計らったように男が神様見習いを持ってくる。


 丸々とした形のそれは、子が大事に育ててたので心地よい存在だった。

 だから、私の元で修行する事を認めた。

 子にシロと名付けてもらっていたのには、ものすごく嫉妬したが。



 その後、しばらくすると子と男の周囲が騒がしくなった。

 神社に来ても元気がなく、シロと一緒に心配していた。



 そしてある日、覚悟の表情を浮かべた男にある頼み事をされる。

 最初は迷ったが、子のためと想って了承した。


 後で役に立ったと言われた時は、肝を冷やすことになったが。




 現在は穏やかな表情を浮かべている男は、定期的に来ては掃除をして私の話し相手になった。

 シロともたわむれているから、気に入っているのだろう。



 私はというと、最近楽しみにしている事がある。

 子が、私とシロの気配を感じるようになったのだ。


 まだ姿は見えていないみたいだが、このまま神社に来ていれば、きっといつかは見つけてくれる。



 その時の、子の驚いた顔が今から楽しみでしょうがない。




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