番外編.師匠がいた頃の話
俺の師匠は、恐ろしい程にずぼらだ。
毎回尻拭いをしなくてはならない、こっちの身になってもらいたいぐらいだった。
「おう、雅弘。今から依頼人の所に行くぞ」
「またか。ちゃんとそう言うのは、前もって連絡しろよ」
俺のトゲのある言葉にも動じず、師匠は誤魔化すように豪快に笑う。
こういうのはいつもの事なのだが、いい加減にして欲しい。
俺が来る前は、どんな風に仕事を回していたのか不思議に思うほどだ。
それでも一応は師匠だから、あまりうるさくは言わない。
軽くすねを蹴って、準備を始める。
下の方でうめく声が聞こえてきたが、無視をして終わらせると話しかけた。
「さっさと行くんだろう。いつまで床にいるつもりですか?」
「いたたたた。お前、年々と可愛くなくなるな」
じとっとした目で見てくる師匠は、渋々立ち上がった。
そして俺が準備した荷物を受け取ると、事務所を一緒に出る。
すぐ後ろをついていきながら、可愛げがなくなったのは誰のせいだと内心で毒を吐いた。
師匠が連れてきた先は、古びた墓地だった。
たっている墓石はボロボロになっていて、たぶん随分と人の手は入っていない。
辺りを取り巻く嫌な空気に、俺は顔をしかめた。
師匠も感じているのだろう。
頭をかきながら、面倒くさそうに大きなため息をついた。
「依頼人の奴、全部話さなかったな。あとで追加料金請求してやる」
そして悪い笑みを浮かべて、手帳に書き込む。
あれに何かを書かれた人の末路は、大体知っているから今回の依頼人は馬鹿だと思った。
見た目は脳筋に見える師匠だが、性格は細かいしネチネチとしつこい。
それを勝手なイメージでなんとかなると考えた依頼人に、同情の気持ちなど全く感じなかった。
墓地を警戒して歩きながら、俺はどこからか分からないが視線を感じていた。
人間じゃない。おそらく幽霊の類だが、姿が見えない。
あまりそういう事がないから驚きつつ、俺は師匠の方をうかがう。
きょろきょろと辺りを見回していた師匠は、目が合うと満面の笑みを浮かべる。
そして持っていた荷物の中から、小ぶりな木の棒を取り出すと勢いよくそれを投げた。
棒が当たった所の方から、何か手ごたえのある音が聞こえてくる。
師匠には、どこから視線を感じるか分かっていたのか。
何だか悔しい気持ちになる。
視界の隅でイライラさせるような顔をした師匠が見えて、余計に気持ちは強くなった。
しかし俺はそれに子供みたいには突っかからず、何てことないように無視をする。
そして棒のある方へ俺は進んだ。
「何だこれ」
地面には潰れたカエルみたいな恰好をした、よく分からない何かがあった。
それは正体不明で、これという種類が出て来ない。
俺はまじまじと観察しながら、それを足でつついた。
棒の当たり所が悪かったのか、何の反応も返ってこない。
元から死んでいるだろうが、このまま成仏するかもしれない。
投げた棒は、恐らく師匠の力が込められている。
だからこそ弱い奴だったら、一撃で姿かたちも消滅してしまっただろう。
そこそこ強い奴だったから、まだ存在出来ているのだ。
悪運の強さに感心するが、実際はむしろ消えた方が楽だと思う。
「おい、そろそろ起きろ」
実際に師匠が、雑に摘まみ上げ上下左右に勢いよく振り始めた。
小さな呻き声が聞こえてきて、ようやくそれは目を開ける。
一応分類的には人に近いのか、それは声を出す。
「な、何? うわっ⁉」
ぼんやりとしていたそれは、俺達を目にすると叫んだ。
そして何かをやろうと腕を動かしたが、師匠が許すわけもなく。
「小さいのが小さい動きするな。お前がここを仕切ってるのか?」
手のひらで顔をつかみ、そのまま自分と目線を合わせた。
近くで見ていても迫力がすごいから、初めて向けられた奴はたまったもんじゃないはずだ。
現にそれも顔を青ざめさせて、ガタガタと震え出す。
「あ、あの。いや、えっとえっと」
目をさまよわせ、どうにか危機を脱しようとしているが、ここには誰の助けも望めない。
しばらくすると諦めて縮こまり、大人しくなった。
「ごめんなさい」
顔を掴まれながら小さな声で謝ったそれは、自分の事を墓守だと言う。
誰も来なくなった墓地だが、行く宛もなく仕方なくここにいるとの話だ。
なんで悪さをしていたかというと、ただ寂しかったらしい。
「1人は嫌だ。怖い」
地面に降ろされた墓守は、体育座りをして落ち込んでいる。
それを見下ろしながら、俺は師匠と顔を見合わせて迷っていた。
普通だったら、依頼なので除霊しなくてはならない。
しかし師匠は、小さくて可愛いものが好きである。庇護対象としてなのだが、こういう墓守はストライクゾーンのど真ん中なはずだ。
「なあ、雅弘」
「……分かった。連絡しておけばいいんだろう」
可愛くもない師匠のうるうるした目で見つめられ続け、俺は顔をしかめながら懐から携帯を取り出した。
「いやーん。可愛い」
絶対に、ここには来たくなかったのに。
俺は目の前の光景をげんなりと見つめて、内心で思う。
師匠の腐れ縁で、同業者でもあるオカマ。
こいつの事が、どうも俺は苦手だった。
「ワカも気に入ったようで良かった。それで面倒見てくれるか?」
師匠は腕に抱えた墓守を、ワカさんに渡すと困った顔で頼み始める。
その顔も計算の内なのだから、見た目じゃ本当に人を判断出来ないものだ。
「良いわよ! 私が責任もって、立派な子に育てるから安心して!」
頼まれたワカさんは、顔を緩めながら快諾する。
その腕の中にいる墓守は、困惑していながらも嬉しそうだ。
認めたくはないが、ここにいれば墓守のためになるのだろう。
距離を置いてその様子を見ていると、ワカさんと目が合ってしまった。
「あら今日も男前ね。そんなに見つめられると照れちゃうわ。雅ちゃんったら」
この人の、こういう所が嫌いだ。
師匠と同じ年のはずなのだが、年齢を感じさせない浮世離れをした雰囲気が俺とは合わない。
だから毎回、関わらないようにしている。
しかしそれを分かっていて、俺に話しかけてくるのだから師匠と同じで面倒な人だ。
俺は一応の礼儀として頭を下げる。
話したくもないので何も言わなかったのだが、別に気分を害した様子はない。
「じゃあ、この子は預かるわね。たまには顔を見せに来て。それがこの子の為になるから」
苦手だが嫌いになれないのは、たまに見せる寛大な優しさのせいだ。
少し力を入れて抱きしめた腕、その背中に回った小さな手。
俺は横目でそれを見て、無意識に口角を緩めてしまった。
ワカさんの所からへ帰る時、師匠は少し淋しげに墓守を見ていた。
そして歩いている途中、全く何も言わない。
何を考えているかなんて、手に取るように分かった。
だから俺は話しかける。
「うちじゃ世話出来ないんだから、あの方が幸せなんだよ」
師匠は俺と目を合わせ、口を尖らせた。
「分かっているよ。ただ癒しが無くなって寂しいだけだ」
子供みたいな表情は、師匠の顔に何故か妙に合っていた。
それが何だか面白くて、俺は笑ってしまう。
師匠はそんな俺の事を驚いた目で見たが、すぐに同じように笑った。
「ま。俺には可愛い雅弘がいるからいいか」
「それは気持ち悪い」
「なっ!? 俺だって傷つくぞ! なんでそんな子に育ってしまったんだ!」
俺の軽口に、師匠も悪ノリし始める。
そうしていれば、先程までのしんみりした空気もいつの間にかどこかへ行った。
師匠のくせに手が掛かる人だ。
呆れながらも、俺はきっとこの人とずっと一緒に働いているんだろうなと、そう思った。
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