34.それから





 それから、しばらくの時間が経った後。

 僕達は、前に来た洋館の前に立っていた。


 それはワカさんがいる場所。

 彼から呼び出され、予定を合わせてここに来た。


「これ終わったらあそこ行くぞ。茶葉が切れてたからな」


「分かりました。じゃあここには4時間が限界ですね」


「おー」


 腕時計を見て、今日の予定を頭の中で組み立てる。

 それを告げれば村上さんも了承した。


 そして僕達は中へと入る。





「いらっしゃい」


 ワカさんはこの前と同じように、椅子に座ってワインを片手に微笑んでいた。

 何だかイラっとして、僕は手土産を半ば押し付けるように渡す。


「はい、どうぞ」


「ありがとうね」


 しかし普通に受け取り嬉しそうにしている彼は、絶対に確信犯である。


「まあ、とりあえずはお疲れ様ね。あのブスの処理は私の方で上手くやるから」


「ありがとうな」


「お礼はキスで良いわよ」


「師匠の方はどうだ?」


 ワカさんの本気なのか冗談なのか分からないお願いを、全面的に無視した村上さんは1番聞きたいであろう質問をした。

 僕も知りたかったから、ワカさんの方を真剣な目で見る。


「そうね。今はまだ元には戻せないけど。私の信者は優秀だから、そう遠くない内に戻すって約束する」


 からかっていたような笑みから一転、ワカさんは真面目な顔で話す。

 そして傍らにあった鈴を鳴らすと、1人の少年が入ってきた。

 まだ中学生ぐらいだろうか、丸みを帯びた顔は緊張に染まっている。


「紹介するわ。この子は今、1番の成長を見せているカエデって言うの」


「よろしくお願いします」


 綺麗に90度、お辞儀をしたカエデ君は村上さんの方をキラキラした顔で見ていた。

 しかし、この少年が何なのだろうか。


 僕は不思議に思っていたが、すぐにワカさんが説明してくれた。


「まだ少し未熟な部分もあるけど、この子が師匠を戻す可能性に近づいているから、一応紹介しておこうと思ってね」


「そうか。よろしくな」


「は、はい! 僕、村上さんのおかげで生きようと思ったんです! だからあなたの為に、全力を尽くします!」


 僕はその顔に見覚えがあるような気がしたが、すぐに気のせいだと考えるのを止める。

 村上さんの事を尊敬する人に、悪い人はいない。

 だから無駄な詮索はやらない方が良い。そう思った結果だった。



 カエデ君は名残惜しそうにしながらも、ワカさんに言われ部屋を出る。

 その間、ずっと村上さんの方に視線を固定していて頭をぶつけた時は、少し笑ってしまった。


「まあ、そんな感じね。私も出来る限りの事はするから」


「頼む」


「良いのよ。私のわがままで、雅ちゃんから師匠を取り上げた事は悪いとは思っているから。でもあの時は、雅ちゃんも駄目になりそうだったから後悔はしてないわ」


「分かってる。たぶんその方が良かった」


 カエデが出ていくと、ワカさんは僕達に飲み物を淹れてくれる。


 この前とは違った茶葉を使った紅茶は、また美味しかった。

 僕はほっと息をつきながら、2人の話に耳を傾ける。


「でも心配なのは、師匠の年齢がどうなるのかよね。封印されたのが、もう8年も前で成長も止まっているからあなたと歳が近くなっちゃったわね」


「目が覚めたら、戸籍とかは適当にやってくれ」


「手配済みよ。どんな状況でも対応できるようにしているわ」


「助かる」


 村上さんも色々と重荷が減ったのか、本当に穏やかな表情をするようになった。

 前までの無表情が、まるで嘘みたいだ。


 僕は穏やかな気持ちになる。

 本当に、彼を信じて付き添い続けて良かった。


「そうだ。あなたも師匠を見たいでしょ?」


「え? あ、はい! 見たいです」


 傍観者の気分で見守っていたので、急に話を振られて驚いてしまう。

 しかし願ってもみなかった提案に、僕は考える間もなく頷いた。


「じゃあ行きましょうか。雅ちゃんも来るでしょう?」


「ああ」


 僕達は立ち上がり、ワカさんの案内によって地下へと案内される。



 着いた先はとても涼しく、静かな場所だった。

 真っ暗な部屋の中をスポットライトが、大きな水晶の塊のようなものを照らしていた。


 その塊の中に、黒くて大きい何かが入っている。

 近づくにつれてはっきりと見えた。


「……この人が、師匠さん」


「そうよ」


 そっと触れると、思っていたよりも冷たい。

 僕は見上げながら、中にいる師匠さんをまじまじと見る。


 彼は一言でいうと、ライオンみたいな人だった。

 村上さんよりも背もガタイもずっと良く、たてがみの様に立っている髪がワイルドさをより強めている。


「格好いい人ですね」


「まあな。でも起きている時の方が、もっと格好いい」


 村上さんは水晶の中をまぶしそうに見つめながら、珍しく人を手放しで褒めた。

 色々と聞いているが、師匠さんに対して僕にはまだはっきりした事は言えない。

 しかし、それでも今は話をしてみたいと心から思った。





 ワカさんはしばらく師匠と話をしたいと言ったので、僕達はそこで別れた。

 話も出来ないのにどういう事だろうと村上さんに尋ねると、人には色々と事情があるのだと少し意味の分からない返しをされる。


 僕は少しもやっとした気持ちを抱えながら、でも何も聞き返さなかった。



 そして村上さんの希望通りに、茶葉を買いに行くと事務所へと戻る。

 何だか久しぶりにゆっくりとする時間が出来て、僕はいつもよりも寛いだ。


 ちゃんと村上さんには紅茶を淹れているので、文句は言われない。

 このまま寝てしまっても良いかな。

 今日は仕事ではなく、休みなので怒られる事は無いだろう。



 僕は眠気にあらがわずに、目を閉じた。









「ありがとうな。お前がいて、本当に助かった」


 眠る直前、そんな声が聞こえてきた気がした。





 それから祓い屋の事務所は、前と変わらず依頼が来て村上さんがその全てを華麗に解決していた。

 僕はその傍らで時々手助けをするが、未だに幽霊を見れる事は少ないというか全く無い。


 村上さんといれば少しは力が付くと思ったけど、そう甘くは無いようだ。


 そしてワカさんからは、まだ師匠さんに関する連絡は無い。

 村上さんも焦ってはいないので、ただ待つのみだ。



 ワカさんが言っていたように、そう遠くない内にきっと会えるだろう。

 その時が本当に楽しみである。



 僕はこれからも村上さんと一緒に、祓い屋で働き続けるはずだ。

 いつか彼に、認めてもらえる日が来たら嬉しい。




 今はまだまだ無理な気がするが。




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