33.本当の決戦





 何の変哲もない一軒家。

 僕と村上さんは、その家を見据えて立っていた。


「本当にここなんですか?」


「間違いない。ワカの情報は確かなはずだ」


 あまりにも普通の家すぎて、僕は何度も同じ質問をしてしまう。

 村上さんも付き合ってくれるから、彼も内心では同じように不安なのかもしれない。


 それぐらい特にこれといった特徴がなく、禍々しい雰囲気もない。


「こんな感じだから、入るのが大変じゃないですか? ご近所の目もありますし」


「いや、もしかしたら大丈夫かもしれない」


 いつまでもここに立っていても、通る人にジロジロと見られるぐらいだ。

 もしかしたら通報される可能性もある。

 そうすると事態がややこしくなるから、出来れば避けたい。


 そう思って作戦を立て直そうと、村上さんに提案しようとしたが、彼は家をじっと見つめてそう言った。


「え。でも」


「敷地に入れば分かる。行くぞ」


 僕は言われるがまま、周りを気にしながらも敷地の中へと入る。


 その瞬間、世界が変わった。


 比喩では無い。文字通りの意味で、今まで目の前にあった家が無くなり代わりに大きな屋敷が目の前に現れた。


 僕は驚き腰を抜かしてしまいそうになる。

 しかし村上さんが喝を入れるかのように、力強く背中を叩いてくれたのでなんとか持ちこたえた。


「これは一体どういうことですか?」


「誰かにやってもらったんだろうが、空間を歪めたんだろう。だから見た目は普通でも、入ったらこんなのが出てくる仕掛けなんだ」


「でもそうしたら一般の人達も」


「上手いやつなら、入れる人を仕分けられる」


 そんな凄い力を持っていて、こんな風に使っているなんて。

 非現実的な事が最近は多すぎて、ついていくのも精一杯だ。


 涼しい顔で中へと進んでいく村上さんが、とても羨ましい。

 僕は必死でその後を追いながら、これから起こる戦いに備えて心の準備を始めた。





 ここに来る事を、村上さんは前日に言ってきた。


「明日行くから準備しておけ」


 いつも通りに、そこら辺に買い物に行くのと同じぐらい簡単に言うから、最初は紅茶の茶葉でも買いに行くのかと思ってしまった。


 しかし村上さんの真剣な表情。

 机の上に置いてある、前に用意した武器の入ったカバンを見て、僕はすぐに悟る。


「嫌なら有給取っても構わない」


 しばらく何も言わない僕をどう思ったのか、村上さんはそっけなく言ってきた。

 それに怒る気持ちが出てきたが、飲み込んでしっかりと宣言する。


「何を言っているんですか! 最後までとことん付き合いますよ! 嫌と言われたってね。だから僕も連れていってください」


 ちゃんと言っておかないと、置いていかれそうなので念も押していおく。

 そうすれば大きなため息をついた村上さんは、苦笑した。


「そうか。自分の身は自分で守れよ」


「はい!」


 これで置いて行かれることはないだろう。

 僕は元気よく返事をした。





 それから、少しの日にちが経って今に至る。

 屋敷の前に立った僕達は、どこから入っていいか分からず戸惑っていた。


 扉はある。

 ただ開いていないのだ。

 開いているものだと思っていたので、勢いが何だか消されてしまった。


 しかしここまで来て、帰るなんて選択肢はない。

 僕は村上さんと顔を見合わせ、お互いに頷いた。


「やるか」


「はい、どうぞ」


 そして彼の手に、そっとバールを渡す。

 何回か感触を確かめた村上さんは、勢いよくそれを振り上げた。


 大きな音と共に、扉にひびが入る。

 思っていた通りで、これも空間を歪めたんだろう。

 村上さんの力をもってすれば、そう時間の経たないうちに壊れた。


 その向こう側から顔をのぞかせたのは、とてもこぢんまりとした小屋みたいな見た目の家だった。



 最終的に出てきたのがこれかと、僕は何だかガッカリとした気持ちになってしまう。

 さすがにここが本物だとは思うが、まさかこんな所とは。


 僕は村上さんの方を見た。

 彼も同じ気持ちみたいで、少し残念そうだ。


「まあ、行くか」


「はい。村上さん」


 しかしここに本成寺がいるのだとしたら、早く何とかしなければ。

 今まで、てこずってきた相手なのだ。

 逃げられたらたまったものじゃない。


 僕は村上さんの腕を掴み、先へと促す。

 されるがまま彼は僕のあとをついてくる。



 そして何だかんだと苛立ちの募っていた僕達。

 小屋の前に行くと、そのまま勢いよく扉を蹴り破った。




 ドガッ




 あまりに脆かった扉は、簡単に開いた。

 中から驚き目を見開いた本成寺の姿も、すぐに発見する。

 似顔絵の通りのもっさり具合だ。


「よお。元気だったか?」


「な、何でここに。あんたが」


「そんなの、自分がよく分かっているだろう」


 僕達が来ている事を全く分かっていなかったようで、状況を理解出来ていない本成寺は視線をさまよわせた。

 しかし、ここに彼女を助ける人などいない。

 だからじりじりと後ろへと下がっているのは、自分の不利を悟っているからか。


 確かに僕だって、この状況だったら何が何でも逃げる。

 バールを片手に持って様になっている、村上さんを前にしたら誰だってそう思うはずだ。



 しかし彼女は往生際の悪い事に、何かを掴んで僕達に投げた。

 それは何かを召喚するものだったのか、まがまがしいものが飛び出てくる。


「何も用意していないと思っていたのか! さっさと死になさい!」


 向かってきたものは、真っ先に、僕を狙ってきた。

 恐らく僕が弱いのだと察したのか。


 確かに僕には何もする力は無い。


「無駄ですよ。ね」


「⁉ 何で⁉」


 しかし、簡単にやられるわけにはいかない。

 僕が語り掛けると同時に、甲高い音と共にまがまがしいものは消え去った。


 驚き目を見開く本成寺。

 何が起こったのか分からないのだろう。


「僕には力は無いですけど。憑いているものは、凄いんですよ。何しろ神様と神様見習いですから」


 僕は自信満々に笑った。

 そして見えないが、周りにいるはずの名前の知らない神様とシロに礼を言う。



 ここに来る前に僕は神社の掃除はもちろんの事、シロへの供物や感謝も忘れなかった。

 そのおかげで村上さん曰く、今の僕はご加護が普通の人より多い状態になっているらしい。


 今のも神様とシロが助けてくれたのだ。

 姿が分からないのは残念だが、助けてくれたことには精一杯の感謝の気持ちだった。

 僕は暖かい気持ちを感じながら、そっと肩の近くに触れる。


 そうしたら、何だかふわふわとした感触がした気がした。



 本成寺は自分の攻撃が一瞬で消えたのを見て、顔を青ざめさせて床に尻餅をつく。

 見ていて、とても痛々しい。


「いや。ごめんなさい。あれでしょ? あんたの師匠をやった件でしょ。も、元に戻すからさ」


 そしてまるで命乞いをするかのように、ぺらぺらとひっきりなしに本成寺は話し始めた。

 その姿は小物な感じがして、何でこんな人に村上さんがてこずったのか不思議に思ってしまうほどだった。


「知ってるぞ。お前、年齢と共に力も衰えたんだってな。だから恨まれている奴等に復讐されないように、ここに閉じこもった」


 村上さんは全てを知っていたらしい。

 その説明で僕も分かった。


 確かに今の彼女に何の怖さも感じない。

 僕と変わらない、普通の人間にしか見えない。



 こんな人にみんなが苦しめられたのかと思うと、僕の中ではらわたが煮えくり返った。

 しかし僕が手を出す問題ではない。

 だから我慢して、村上さんのしたいようにサポートに徹するだけだ。


「謝るから。謝るからさ。師匠も元に戻すって。だからお願い許して」


「お前に、そんな事が出来ないのは調査済みだ。別にお前の力が無くても、何とかするから心配なく」


 本成寺の望みは無くなった。

 絶望の表情を浮かべて、ただ村上さんを見つめるだけの彼女を僕は全く同情はしない。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 謝罪の言葉をずっと繰り返す彼女に、何を思ったのか村上さんはバールを僕に返して来た。


「村上さん?」


「やめた」


 それだけ言うと、彼女に近づき手を差し伸べる。


「お前に対して俺はなんもしない」


「村上さん⁉ 本気ですか?」


 僕は彼の腕を掴み、急に変な事を言い出したのをとめようとする。

 しかし村上さんは、本気で言っているようだった。


 本成寺はその手を見つめて、今にも涙を零しそうな救いを見つけた顔をした。

 そして手をゆっくりと伸ばす。



「大丈夫だ。ここから連れて行けば、誰かがやってくれるだろ。お前の為に手を汚すなんて、ばかばかしい」


 しかし、それはすぐにまた絶望の表情に変わった。

 そのまま力なくうなだれた彼女に、手を差し伸べる人など、この場には誰もいなかった。



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