32.決戦?
何故、僕はこんな事をしているのだろうか。
ワカさんと戦う流れのはずだったのだが、今3人で顔を見合わせてお茶を飲んでいる。
あの後、警棒を持って殴りかかろうとしたのに止められた。
他でもない村上さんの手によって。
「顔面を一発殴るのは良いけど、警棒では止めておけ」
「何でですか? こいつが村上さんの敵じゃないんですか?」
僕は勢いを消されて、彼にかみついた。
「違う。敵じゃないライバルだ」
「それの何が違うんですか! こいつが村上さんの師匠を……」
掴まれた腕を振り払おうとするが、がっちりと掴まれて動かせない。
しかも言っている意味が、よく分からない。
「何か誤解していないか? やったの、こいつじゃないぞ」
「へ?」
村上さんの言葉に、僕は抵抗する力が抜けた。
意味が分からない。訳が分からない。
「あら? そんな風に思われてたの? 心外だわー。私は師匠を雅ちゃんから取り上げたけど、やったのは私じゃないわよ」
「は、はあ?」
ワカさんも村上さんの言葉を肯定するように、僕を追い打ちをかける。
受け取った話をまとめたら、いくら混乱していても状況は分かった。
僕が間違っていて、とても恥ずかしい状況だったって事は。
そしてひとしきり笑われて、そのあとは喉が渇いたからとお茶を飲む事になり今に至る。
ワカさんが淹れてくれた紅茶は、良い茶葉を使っているのか本当に美味しかった。
淹れるコツを聞いたら、愛情と言われてげんなりとしてしまったが。
「あー。さっきは本当に笑ったわ。さすが雅ちゃんの弟子は、一味違うわね」
「そうだろう。自慢の弟子だ」
褒められていないから、村上さんに弟子と言われても全く嬉しくない。
僕は消えてしまいたいと思いながら、誤魔化すように紅茶をたくさん飲んだ。
「それで? あんなに手が込んだ呼び出しをしたって事は、収穫はあったんだろう?」
「ええ。それもとびきりなニュースがね。あのブスの居場所が分かったわ」
村上さん言葉に、忌々しげな顔でワカさんは暴言を吐いた。
心底憎んでいるだろう彼は、懐からまとめられた紙を取り出す。
「私の信者の1人が、偶然見つけたの。その子はヘマをして消されたけど、この情報が漏れている事はバレていないはずよ」
ワカさんに渡された紙を受け取ると、村上さんは勢いよく中身を見始めた。
すぐに全部を読んだ村上さんは、不敵な笑みを浮かべる。
「そいつは良い仕事をしてくれたんだな。感謝する。これでようやく、あの女を追い詰められる」
そしてワカさんにお礼を言った。
言われた彼は、少し悲しげな表情をする。
「そう言ってくれれば、あの子も喜んでくれると思う。私も出来る限りの助けは貸すから、師匠を助けてあげて。お願い」
村上さんの手を掴み、願うように声を振り絞った。
掴まれた手を振り払うことなく、村上さんはゆっくり目を閉じた。
何を考えているか、僕には到底分からない。
それでも、その光景は何か胸にくるものがあった。
しばらくそのまま2人は動かないでいた。
しかしワカさんがなんの前触れもなく、ぱっと手を離して笑顔を見せる。
「あー。辛気臭い空気になっちゃったわね。駄目駄目。ようやく会えたんだから、情報交換もいいけど、色々と話をしましょう!」
明らかに空元気だったが、僕達は敢えて言わず少しの間他愛のない話をした。
話がつきかけてきた頃、僕はタイミングを見計らって気になっていた事を聞く。
「あの。その師匠さんをやった犯人である、その女性って誰なんですか?」
2人は分かっているから話が通じているが、何も知らない僕にとっては全く優しくない。
それを指摘したら、気がついていなかったのか目を丸くされたが話をしてくれた。
「名前は本成寺姫奈。年齢は不詳。前にワカに聞いたと思うが、そいつには1つ力があった。それは信仰が失われて消えた神を蘇らせる事」
「やった理由は嫉妬。当時、雅ちゃんと師匠は人気があった。それを目立ちたがり屋のブスは許さなかったのよ」
2人は交互に口を開く。
それぞれの顔を見ながら、僕は目まぐるしい勢いで情報を頭の中で整理をする。
顔が分からないから想像でしかないが、もの凄い美魔女が出てきた。
赤いルージュとかしていそうだ。
「えっと写真は無いんですよね」
「無いな。そういうのが嫌いだったんだ」
「今の所、手元には無いけど誰かが描いた似顔絵なら」
ワカさんは思い出したかのように、部屋を探し回ると僕に紙を差し出した。
「これよこれ。ほぼ完璧だと思うわ」
受け取った紙を見た僕は驚く。
想像と全く違う。
描かれていた本成寺という女性は、見てすぐに暗そうな性格だと思った。
ボサボサで目にかかっている前髪。
似顔絵はカラーで描かれているのだが、全体的に真っ黒で色素がないんじゃないかと思ってしまうぐらい色が薄い。
「何か、えっと。うーん」
「そうよね。何かブスよね」
感想に困った僕を、全く助けになっていない助け舟を出してくるワカさん。
たしかにその通りかもしれないが、さすがにそんなはっきりと言えない。
僕は苦笑いを浮かべて誤魔化した。
その後、また別の話題になり数時間も話してしまった。
ライバルなんて言っていたけど、村上さんもワカさんも楽しそうで少し寂しい気持ちになったが、それを察知してか僕にも話を振ってくれるので楽しめた。
そして外が暗くなり、そろそろ帰る雰囲気になる。
「私はしばらくここにいるから、何かあったらすぐに来てね。待ってるわ」
「いや、絶対来ない」
「村上さん! すみません、たぶん照れ隠しなんで」
軽く冗談を交わして、ワカさんに見送られながら僕達は洋館を後にした。
その帰り道、僕は村上さんに聞く。
「そういえば、師匠さんの写真は無いんですか」
「……無いな。前はあったけど、捨てた」
いつ捨てたのか、なんとなく分かった。
僕は気まずくなって、無理やり話題を変える。
「村上さんに言ってなかったと思うんですけど、僕は最後まで村上さんについていくつもりですから」
それを聞いた村上さんは、何だか顔を歪ませて僕の頭を強く撫でた。
「生意気言うな。やばい時は真っ先に逃げろよ」
ぶっきらぼうに、でも撫でる手はいつもより優しかった。
「僕だって、村上さんを守りたいんですから」
「期待しないでおく。だから、本当に自分の力以上の無理はするな」
村上さんの声は震えていた。
僕はそれに気が付かないふりをして、ただそれを受け入れる。
決戦の日は、もうそこまで迫っていた。
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