31.襲撃





 僕達は祓い屋をお休みして、とある場所に来ていた。


「ここですか?」


「ああ間違いない」


 それは、もしかしたらワカさんがいるかもしれない場所。

 しかも村上さんにとっては、思い入れのある所らしい。


「でも、何だか感慨深いですね。村上さんと師匠さんが、初めてコンビを組んで除霊をした場所なんて」


「まあな」


 村上さんも懐かしむような顔をしている。

 それを見ながら、僕はまたその場所に視線を移す。


 そこは大きな洋館だった。

 誰かが手入れしているのか、住んでいる人はいないはずなのに見た目は綺麗だ。


 もしかしたら、本当にワカさんがいるのかもしれない。



「気をつけましょうね。この前みたいに、どんな人がいるか分からないですよ」


「まあな。でも色々と準備したんだから、何とかなるだろう」


 僕は持ってきていたカバンを確認する。

 そこにはこの前活躍した催涙スプレーを始め、ギリギリアウトになるかもしれないものが多数入っていた。


 これは最終手段だが、使うべき時が来たら遠慮なくやってやるつもりだ。


 僕にはもう、その覚悟はとっくの昔に出来ていた。


「じゃあ行きましょうか。何かあったら指示してください」


「すぐ反応しろよ。少しでもくるったら、終わるからな」


 ちゃんと訓練も重ねてきたのだから、村上さんの言葉にすぐに対応出来るようになっている。

 準備は万端だと思いたかった。



 洋館の扉は、まるで僕達を招くかのように鍵が開いていた。

 何だか相手の手のひらの上で、転がされているかのような気分だ。

 それでも止めるというわけにはいかない。


 中は外観と同じように、掃除が行き届いていて綺麗だった。

 建築者が凄かったのか、テレビで紹介されそうなレベルで凝っている気がする。


「そういえば、どういった依頼だったんですか? 探索だけじゃ物足りないから、教えてもらえると嬉しいです」


「……まあ、まだ大丈夫そうだから構わないか」


 誰かが来る気配もせず、見ているだけでは暇になってしまうので僕は村上さんにねだった。

 意外にも彼は話をしてくれるらしく、内心でガッツポーズをする。


 そして話を始めてくれる。


「あれは何年前だったか。俺がまだ若いって言えるぐらいだからな。まあ結構前だ。師匠の下で何ヶ月か修行をしていて、ようやく及第点をもらった時に依頼が来た」


 何だか村上さんは遠い目をした。

 あまり良くない何かを思い出したんだろうか。


「依頼は聞く限りじゃ、そんなに危険なものじゃなかった。この洋館の明かりが夜中についていたり、誰かのすすり泣く声が聞こえてくるとか。師匠もそんなに危険を感じていなかったな」


 屋敷には今の所、誰の気配も感じられない。

 静かすぎるのも恐ろしいものだ。


 しかしその怖さは、村上さんの話で飛んでいく気がする。


「それで俺達は幽霊は夜に出ると予想した。ちゃんと近所にも気を遣って、ある日の夜にこの洋館に来た」


 僕達が歩く音が何だか響く。

 この音のせいで、もし誰かがいたとしたらバレているはずだ。


 警戒を緩めないようにしながら、僕達は歩く。


「中は今と変わらず綺麗だった。幽霊がいる気配はあまり無くて、なんだか拍子抜けしたな。でも、それは突然出てきた」


 微かな物音を感じた。

 そこを見てみたが、特に人もそれ以外もいない。


 少し気を張りすぎているのかもしれない。

 今は話に集中しても大丈夫だろう。


「それは人間じゃなかった。本当の意味でだ。俺も驚いたな。まさか化け猫だったとはな」


 僕がその時にいなくて本当に良かった。

 猫は小さい頃に引っかかれてから、苦手である。


 しかも大きな猫とは、見ただけで泣くかもしれない。


「そいつは自我なんて無かった。そして力も無いから、何も出来ずただ泣いていた。唯一出来たのは明かりをつけること。師匠と2人でやるせない気持ちになったな」


 しかしそう思ったのが、僕は恥ずかしくなった。

 誰にだって色々な理由がある。

 今まで見てきた中で、幽霊になりたくてなった訳では無い人はたくさんいた。


 それを忘れていたのではないが、考えていなかった。


「そいつの除霊は簡単だった。暴れるわけでもなく、静かに受け入れてくれたからな。最後に1回、大きく鳴いた声は今でも覚えている。あと感触は無かったが、師匠と一緒に舐められた」


 心の中でだが前言撤回したい。

 その時、僕も一緒にいたかった。


 村上さんにリアクションも気になるし、未だ顔も知らない師匠さんのも見てみたい。

 それに2人と一緒に、働きたいとも思ってしまった。


 今はまだ、叶えることは出来ないが。


「そんな感じで思い出には残ってる。面白くはないかもしれないけどな」


「いやいや。すごく面白かったです! 師匠さんとの仕事の話を、もっと聞きたいと思いました」


 僕は素直に思ったことを口にした。

 そうすると、何だか村上さんが嬉しがっている雰囲気を感じる。


「そうか。暇な時に話してやるよ」


 最近、彼は本当に態度が柔らかくなった。

 僕が認められたからという理由だったら、とても嬉しい。



 話をしてもらって時間が潰れた。

 それにちょうど良いタイミングだったようだ。

 近くで人の気配を感じる。


 きっとワカさんだ。

 何だか急に嫌な気分になったので、確実だと思う。

 僕はカバンの中から、伸縮性の警棒を取り出し構えた。



 これまで見た中で、もっとも豪華なつくりの扉。

 そこの中から声が聞こえてくる。



「どうぞ。開いているわよ」


 忘れる事が出来ないワカさんの声だった。

 僕は途端に緊張する。

 覚悟はしていたのだが、いざ本当にいるとなると少し怖いと思ってしまう。


 それでも僕には、村上さんという力強い味方がいるのだ。

 視線を彼に向けば、大きく頷いてくれた。

 その顔を見た瞬間、僕は更に力が湧いてくるのを感じる。


 大丈夫。

 彼と一緒にこれまで過ごしてきた時間は、決して無駄では無かった。

 それが分かった僕は、何度か深呼吸をして勢いよく扉を開けた。



 部屋の中、奥の方にワカさんは座っていた。

 きらびやかな椅子に座っていて、雰囲気作りなのかワイングラスを片手に微笑んでいる。


「久しぶりね。雅ちゃんと、弟子君」


 その姿はラスボスというよりも、何だかマダムとか成金みたいだと思ったが、僕は空気を読んで黙っていた。


 ワカさんは明るく笑う。

 そして村上さんの方に視線を向けた。


「この前の手紙、嬉しかったわ。気分が良くなったから、持ってきた子は許してあげたの」


 近くにあった机の上から、恐らく手紙を手に取ると何故か燃やす。


「雅ちゃん。師匠は今も元気に眠っているわよ。私、毎日見ているんだけど綺麗よね。惚れ惚れしちゃう。お願いしてくれたら見せてあげても構わないけど」


「てめえ」


 わざとなのだと思うが、人を怒らせるのが本当にうまい人だ。

 その言葉に僕と村上さんは、にわかに殺気立つ。


「あら? そんな怖い顔しないでよ。私はこれでも、あなた達と仲良くしたいのよ?」


 しかしワカさんはひょうひょうして、ワインの香りを楽しみ飲んでいる。


「本当よ。本当。あの時は嫉妬なんて醜い感情で動いちゃったけど、今は逆。雅ちゃんと師匠に憧れているわ」


 もしかしたらわざとでは無くて、無意識に出てしまっているのか。

 ワカさんの言っている全てが、村上さんを馬鹿にしているのに気づいていないのは凄いのかもしれない。


 僕は、この場にいる事が恐ろしくなってきた。

 ワカさんが、ではない。


 すぐ隣にいる彼の機嫌が、どんどん下がっているのを感じているからだ。



「だから私と仲良くしましょう? そうしたら師匠も、元に戻してあげられるかもよ?」


 そして、ワカさんは何も考えずに言ってしまった。

 その瞬間、彼の死を僕は確信する。


 村上さんの堪忍袋の緒が切れたのだ。


「仲良く? するわけないだろう。お前なんかと仲良くするぐらいだったら、死んだ方がましだ」


 目を攻撃的に爛々と輝かせ、僕のカバンから同じ警棒を取り出す。

 そして腕を振る力で、棒を伸ばすと構えた。


「別に仲良くしなくても、何とかする方法はたくさんある。お前に力は借りない」


 良い笑みを浮かべている村上さんを見て、ワカさんも楽しそうにする。


「ふーん。そう残念ね。じゃあ仕方ないわ」


 村上さんの本気の怒りを受けていても、なお変わらない彼に前だったら尊敬の念を覚えたかも知らないが、今は違う。



 僕だって本気で怒っているのだ。



「僕も助太刀しますよ。覚悟してくださいね」


 持っていた警棒を構える。


 そしてお互いに軽くけん制をしつつ、僕達は距離を縮めた。

 どんな結末になろうと、村上さんを信じ戦う覚悟はすでに出来ている。


 僕は震えそうになる体を叱咤しつつ、ワカさんに向かって警棒を振り上げた。




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