30.いつも通り





 僕が村上さんの宿敵であるワカさんに会ってから、何かが変わるという事は無かった。


 相変わらず依頼を受けて、そして除霊をする。

 怒っている様子も、苛立っている様子も何も無いので、僕が拍子抜けするほどだった。



 もしかしたら空元気というやつなのかな、とも心配になってしまう。

 しかし僕に出来る事はなく、ただ見守るだけ日々だった。





「今から依頼人が来るぞ」


 いつもの様に村上さんがそう言い、僕は依頼人を迎える準備をする。

 そしてそう時間が経たない内に、入り口から1人のおばあさんが入ってきた。


 杖をついてゆっくりと歩く彼女は、しかし上品にソファに座る。


「今日は、お時間をとっていただきありがとうございます」


 深々と礼をすると、依頼の内容を話し出した。


「私の孫である千夜を助けて欲しいんです」


 第一声からそう言った彼女は、持っていたハンカチで目頭をおさえる。


「千夜はいい子なんです。それなのに悪い友達と付き合って……悪魔に取り憑かれたんです」


 涙まじりの声。

 本当に悲しんで、助けを求めているのだ。

 僕は心が痛くなって、このおばあさんを安心させてあげたいと思ってしまう。


 だから村上さんの方を見たら、彼は難しい顔をしていた。

 なんでそんな顔をしているのか、不思議に思ったがおばあさんが話を始めたので意識をそちらに戻す。


「それからの千夜は、朝昼晩関わらずに暴れに暴れて。もう手もつけられないし、目も離せないんです。家には私と千夜の2人しかいないから、私だけじゃどうしようもなくて」


 僕は濡れてしまい、使い物にならなそうなハンカチの代わりを彼女に差し出した。

 礼を言った彼女は、今度はそれに涙を吸わせる。


「本当に、助けてください。あんな風に変わってしまった千夜を見るのは辛いんです」


 泣き叫ぶ勢いなのに、村上さんは何も言わない。

 何だか珍しい。

 普通だったら、何かしらのリアクションはするはずなのに。


「村上さん。どうかしましたか?」


 僕はこっそりと聞いてみる。

 村上さんはこちらを見て、そしてそっと耳打ちをした。


「何か、おかしいと思わないのか」


 おかしい?

 何がおかしいんだろう?


 僕はおばあさんを観察する。

 何の変哲もないし、怪しいところも見つからない。


「どこがですか?」


 結局分からなくて僕は聞いた。

 そうすると村上さんは、信じられないものを見る目をしてくる。

 僕はなんでそんな顔をされるか分からず、戸惑ってしまった。


 村上さんはまた、僕の耳に顔を近づける。


「何で無傷なんだ」


「はい?」


 おばあさんを見る。

 確かに見た所、傷はない。


 しかしそれが何だというのだろうか。

 傷がついている方がおかしいんじゃないのか。


 そう思っていたら、ため息をつかれた。


「話聞いてなかったのか? その娘とやらと二人暮しで、誰が悪魔に取り憑かれて暴れるやつを相手にしたんだ? それに目が離せない娘は、今はどうしているんだ?」


 確かにそうかもしれない。

 思ってもいない話に、僕は驚きおばあさんをマジマジと見た。


 こちらを不安そうに見つめてくる彼女が、普通なのはむしろ異様な事なのか。


「えっと、じゃあどうしましょう?」


 しかしそれが分かったとしても、僕達がおばあさんにするべき行動はなんだろう。

 このまま返すべきではないのは、絶対なはずだが。


「とりあえず、何も言わずに家に行ってから考えるか」


 なんとも楽観的なやり方だ。

 しかしその方が、今のよく分からない状況ではいいのかもしれない。


 僕は頷き、おばあさんに笑顔を向けた。


「分かりました。出来る限りお力になろうと思うので、千夜さんに会わせてもらえませんか」


「ほ、本当ですか? ありがとうございます! ありがとうございます!」


 拝む勢いで、おばあさんは僕の手を両手で包み込んだ。

 その様子に変な所は未だに無く、流石に僕も薄ら寒いものを感じる。





 案内された先は、古き良き日本家屋だった。


「千夜は家の奥の奥にいます。どうか、宜しくお願いします!」


 おばあさんは何故か、千夜さんの姿は見たくないと玄関で待つという。

 仕方なく僕達は、恐る恐る家の中に入った。


 中はひんやりとしていて、何の気配も感じられない。

 悪魔に取り憑かれていて暴れているのなら、もう少しぐらい音が聞こえてくるものではないのか。


 違和感があったが、構わず奥の奥へと進んだ。



「恐らくこの部屋ですよね」


 そしてたどり着いたのは、和風の家にはふさわしくないドアノブのついた扉の前で。

 明らかにガムテープや鎖でぐるぐる巻きにされているのだから、ここで間違いないはずだ。


 中からも薄らだが、人のうめき声のようなものが聞こえてくる。


「開けるか」


 村上さんの合図で、緊張しながらもドアノブについているものを外していく。

 少し手こずってしまったが、何とか全部取る事が出来た。


「い、行きましょうか」


 緊張しつつ、僕はゆっくりと扉を開けた。




「千夜さん? いますか?」


 部屋の中は薄暗く、僕は持っていたペンライトで照らす。

 そうすれば部屋の奥に、格子のようなものがすぐに見えた。


「ち、千夜さん!?」


「おい。待て」


 まさかそんなものがあるとは思わず、村上さんの制止を聞かずに僕は中へと入る。

 そうして格子の前に行けば、床でうずくまっている高校生ぐらいの女の子を見つけた。


「千夜さん! 声が聞こえるかい?」


 何度も呼びかけるが、彼女は目をつぶったままピクリとも動かない。


 僕の頭の中では、最悪の事態が想像出来て慌てて格子の扉に手をかけた。

 何度か揺らしてみれば、思っていたよりも脆そうなつくりだった。


 だから力を込めて、勢いよく引っ張る。


 格子は木製だったようで、簡単に割れた。

 僕は自分が通れるギリギリの隙間をあけると、中へと入る。


「千夜さん!!」


 千夜さんはぐったりとしていて、意識が途切れているみたいだ。

 しかし根気よく呼びかけ、体を揺すっていれば薄らと目が開く。


「……だ、れ?」


 掠れた声を出した彼女は、僕を見て怯えていた。

 僕は人を安心させるための笑顔を意識して、話しかける。


「助けにきたんだ。もう大丈夫だよ」


 そう言っただけで、何をしに僕達が来たのか理解したのだろう。

 涙をポロポロと流して、彼女は僕の首に腕を回した。


「よ、良かった」













「こーんなに上手くいくなんて」


「え?」


 驚く暇がないぐらい素早く、首に回された腕の力が強くなった。

 ギリギリ絞め落とさないぐらいの、でも苦しく感じる力加減。


 僕はただ、その腕に対して叩く事しか今は出来ない。

 そうしている間にも、力はそのままに彼女は体の位置を僕の後ろに変えた。

 なぜその位置にしたかは、ここには村上さんがいることを考えればすぐに分かる。


「動かないでね。動いたら、加減を誤って首の骨折っちゃうから」


 僕の首を絞めあげながら、彼女は村上さんを脅す。

 言われた彼は、近づくことも出来ず睨んだ。


「こわーい。そんな顔しないでよ」


「何のつもりだ?」


 ふざけた調子でいる彼女は、絶対的に有利な立場に安心している。

 対する村上さんは、手も足も出せずに苛立っていた。


「んー? この前、わか様が宣戦布告しに来たでしょ。それなのに危機感持っていなかった、あなた達が悪いんじゃない」


 彼女はやはりワカさんの仲間だったのか。

 こうなった時点で、予想はしていたが思っていたよりも早かった。


「それで何が目的だ?」


 村上さんはスキを伺いながらも、会話を続ける。

 話している最中に、気を抜くのを待っているのだ。


「目的? わか様は、まだ手を出すなって言ってたけど。さっさと消えてもらった方が、わか様も楽になるでしょ? それにいっぱい褒めてもらえるはず!」


 顔は見えないが、きっと彼女は恍惚とした表情をしているのだろう。


 それにしても、今回のは勝手にした事というわけか。

 あのおばあさんに敵意は感じられなかったから、雇われただけだったのかもしれない。


 それなら今ここで、どうにかすべきなのは彼女だけ。

 僕はその時を待った。


「そうか。じゃあ、あまり情報は持っていなさそうだな。幹部じゃないだろうお前。下っ端の下っ端もいい所だな」


「なっ!? 今の状況がわかっていないの? この人がどうなってもいいのかしら? そんな態度をとっていると、本気で殺すわよ」


「好きにすればいい」



 ここだ。

 村上さんの目が合図を送ってくる。

 僕はそれを確認すると、ポケットの中に入れていたお手製の催涙スプレーを後ろの彼女に向かって吹きかけた。


「!? がぁっ!!」


 急だったから油断していたのか、野太い声と共に首に回っていた腕が無くなる。

 僕はその機会を見逃さずに、彼女から離れて村上さんの元へと向かった。


「よくやったな」


「いえ。そんな事ないです」


 珍しく村上さんが褒めてくれる。

 僕は照れ臭くなりながら、手に持っていた催涙スプレーを仕舞う。


「なん、で? 痛い痛い!」


 未だに目の痛みにのたうち回る千夜は、それでも僕達を睨んでいた。

 だから僕は良い笑みを浮かべて、ネタバラシを始める。


「分かっていたからですよ。誰かが僕達を襲うんじゃないかって」


「嘘、何でよ!」


「だって普通はそう思いませんか? また会おうって言われたら、警戒ぐらいするでしょう。だから色々と準備しておいたんです」


 その1つが、この催涙スプレーだっただけ。

 他にも出していないだけで、たくさん用意はしておいた。


 それを出していけば、回復してきた千夜は信じられない顔で見てくる。


「僕が下っ端だから油断していたんですよね? でも残念。これでも僕だって、村上さんの元で働いているんですから」


「くそがっ」


 女の子とは思えない汚い言葉を吐き出して、千夜は体から力を抜いた。

 村上さんはそれを確認すると、服の中から1枚の紙を取り出して彼女の体の上に置く。


「これ、わか様とやらに渡しとけ。俺からの手紙だってな」


 そして僕を促し、部屋を出た。

 僕は特に何かをする事は無いので、後に続く。





 部屋を出ると、村上さんに話しかけた。


「あれだけでいいんですか? 何かするかと思っていました」


「いや、あれで十分だ。きっと戻ったら、勝手な事をしたって折檻されるだろうからな」


 確かにそうかもしれない。

 ワカさんは村上さんに執着していた。


 きっと自分の知らない所で、何かをされるのは我慢ならないはずだ。

 むしろこのまま帰る方が、千夜にとっては危険な可能性もある。


「まあ、こうなったからには早めに行動しなくちゃな。調子乗られる前に、潰しておくか」


「はは。それもいいですかね」


 いつも通りの村上さんに、僕はとても安心する。

 もし何かがあったとしても、彼といれば大丈夫なはずだ。根拠は無いが、そう思った。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る