29.師弟
僕が働いている祓い屋。
その所長である村上さんに、一度だけ聞いた事のある師匠の存在。
いつか彼の方から話してくれるのを待っていたが、それよりも前に他人の口から聞く事になるとは思わなかった。
僕は緊張しながら、目の前に座る人をこっそり観察する。
その視線がばれてしまったのか、目が合い微笑まれてしまった。
「それで、話を始めていいかしら?」
「は、はい」
優男風の男性から出てくる、女性みたいな口調。
偏見があるわけではないが、違和感はある。
しかしそれをおくびにも出さずに、話を促した。
彼それとも彼女なのか、ワカさんは大きなため息をつく。
「雅ちゃんの所に良い子が入ったって聞いて、嬉しかったんだけど何も教えてもらっていないとはね」
そんな事を言われても、僕にはどうしようも出来ない。
何だか気まずくなってしまって、少し俯き目の前にある紅茶を飲んだ。
あまり茶葉にこだわっていない店なのか、美味しいと感じられなかった。
それによって更に機嫌が下がってしまい、僕もため息をつきたい気分だ。
ワカさんはたれ目で優しく見えそうな顔を、器用にも難しい表情にしている。
その顔に威圧感を感じた僕は、少し強めの口調で言った。
「話は? してくれるんですよね?」
「急かす男は嫌われるわよ。それに、今話そうとしている所でしょ」
ワカさんとは気が合わない。
この短時間で、そう思ってしまうほどだった。
最初からおかしかったのだ。
たまの休みに、何も考えず出かけようとしたら話しかけられて、あっという間にここに連れてこられた。
文句を言わなかったのは、連れてくる前にボソリと村上さんの話をすると言われたから。
そうじゃなきゃ絶対について行かないし、下手すれば警察に通報するのもやぶさかではなかった。
せっかくの休みなのに、僕は一体何をしているのだろうか。
現実逃避をしたくなるが、それをワカさんは見逃さなかった。
「1度しか話さないから、ちゃんと聞きなさいよ。それにぼーっとしている暇も惜しいんだから。話は短くないの、集中して聞きなさい」
苦手というよりは嫌いなタイプだ。
僕はそれが顔に出るのを承知で、話を聞く体制に入った。
「雅ちゃんに師匠がいたのは聞いている?」
「はい。随分前ですけど、それが?」
トラウマしか残さなかった会話を思い出し、苦笑いを浮かべる。
「そう。それは知っているの。じゃあその人については?」
「いいえ。ただ村上さんは、鬼としか言っていませんでした」
それ以上の話はいつか聞きたかった。
しかし、これから僕は目の前のワカさんの口から教えられることになるのだろう。
「そうよね。雅ちゃん、あの時本当に落ち込んでいたからね。言うわけないか」
それにしても、話し方がいちいちイラつかせる人だ。
まだ我慢出来るからいいが、これが続くようだったら堪忍袋の緒が切れてしまうかもしれない。
それでも僕は話を聞くまでは、怒らないようにするべきだ。
村上さんの元で働いているのだから、彼についてもっと知りたい。
「何をですか?」
「雅ちゃんが、その師匠を死なせた事」
知りたいと思っていた。
しかしその話は、僕のキャパシティを超えている。
脳の処理が追いつかなくて、僕はただただ唖然とする事しか出来ない。
そんな僕をワカさんは、馬鹿にするような目で見てきた。
「何、変な顔しているの? 死なせたって言っても、直接では無いし。私は雅ちゃんのせいだとは思っていないわ」
そうだ。
何をボーっとしているんだ。
僕が知っている村上さんを信じるべきなんだから、ショックを受けている場合ではない。
「何で、そんな事になったんですか?」
気持ちを何とか落ち着かせた僕は、ワカさんを真っ直ぐに見つめた。
それをつまらなそうな顔で見つめ返されて、話は続けられる。
「雅ちゃんと師匠は良いコンビだったわ。あの2人がいれば、怖いものなんて無かった。だけどそれを許さないで、妬むような馬鹿もいるの」
いつの間に飲み終わったのか、飲み物のお代わりをワカさんはした。
僕をちらりと見るが、まだ紅茶は飲み終わっていないので丁重に断る。
お代わりが運ばれてくると、ワカさんは一口飲んでほっと息をついた。
飲んでいるのはコーヒーだから、それは美味しいのかもしれない。
一息つくと、また話は再開される。
「その馬鹿には面倒な事に、ある1つの力はあったの。それが最悪で、信じられない事に信仰を失って消えた神様を蘇らせるってもの」
僕は何を言えばいいか考えて、余計な事は言わないようにした。
それは正解だったようで、ワカさんは焦らさず話を続ける。
「そういうのはね、人間をとても恨んでいるの。そのせいで暴走して、力があるから被害も大きくて。誰かが何かをしなきゃ、世界なんて簡単に滅亡してた」
その後の展開は、僕でもなんとなく分かった。
しかし確証はないから、話を遮らない。
「だから師匠が、それを鎮めるために生贄にならざるを得なかったの」
やはりそうか。
僕は当たって欲しくなかった話に、村上さんの事を思って辛くなる。
前に話をしてくれた時、彼はどんな気持ちだったのか。
知らなかったとはいえ、あまりにも無神経に聞きすぎた。
「彼が生贄に立候補した時、雅ちゃんは最後まで反対していた。でも師匠はそんな雅ちゃんを殴って、そして意識を失った雅ちゃんが目覚めると……全てが終わっていたの」
その時に僕はいなかったけど、彼の絶望は想像に難くない。
しかし、それで何で村上さんが死なせた事になるのか。
「そうよ。雅ちゃんのせいなわけがない。だけど止められなかった自分が悪いって。それに師匠は死んではないのに」
「えっ? どういう事ですか? 最初に死んだって」
全く話が見えない。
頭がごちゃごちゃになってしまいそうだ。
「んー。なんて言えばいいのかしらね。死んだというか、眠りについているというか。生贄になった彼は、その神様を封印する為に力を使い果たして眠っているの。でも今の所、起こす手立てがないから死んだも同然ってこと」
「そういう、事ですか」
目覚めさせられなくては、生きているとは言えない。
そのせいで村上さんは、自分を責めているのか。
本当に、なんて優しい人なのだろう。
僕は更に、彼の事を尊敬する。
「話はまだ終わってないわよ。だから、生半可な気持ちで雅ちゃんといないで欲しいわけ。分かるわよね?」
1人で感動を噛み締めていたら、ワカさんに釘を刺された。
しかし僕はもう、彼の言う事怒ったりイラついたりはしない。
「分かっています。僕は村上さんをサポートする為に、全身全霊かけますよ」
自信を持っていえば、ため息をつかれた。
恐らく、分かっていないと思っているんだろう。
そんなに、僕だって考えていないわけでは無い。
「そう、かしらね? 私にはそうは思えないけど。」
上から下まで全身を舐め回されるように見られて、また馬鹿にした目で見てきた。
しかし今度は僕も同じ目で、ワカさんを見る。
「僕はあなたが思っているよりも、村上さんの事が好きですから。今の所は、一生ついていくつもりです。心配してもらわなくてもね」
挑戦的な顔をしている自覚があった。
僕はそれぐらい、彼に関する事には妥協したくない。
そんな顔を向けていれば、ワカさんは大きな声をあげて笑った。
「あはははは! 何て威勢のいい子なんだ! 気に入ったよ、君も今日から、私のライバルに認定してあげる!」
さっきまでの攻撃的な態度はどこへやら、豪快に笑う彼を僕は呆気に取られてしまう。
「ごめんね。さっきまでのは、試験みたいなものだったんだ。雅ちゃんの事を心から思っているのか、知りたくてさ」
それは今までの行動は、ただの演技だったというわけか。
気が抜けた僕は、背もたれに深く寄りかかり紅茶を飲んだ。やはり美味しくない。
「そうでしたか。認められてもらったようで、何よりです」
僕はどんなリアクションを返したらいいか分からず、ただ笑った。
「良かった良かった。じゃあ私はそろそろ帰ろうかしら。雅ちゃんに会ったら、よろしく伝えといて。またすぐに会う事になるわって。あと、雅ちゃんが頑張れば、何とかなるかもよって。バイバーイ!」
ワカさんは一方的に言うと、立ち上がり変える準備を始める。
そして去り際に、ウインクと一言残していった。
「そういえばここのお店、コーヒーしか美味しくないのよね」
僕は紅茶を片手に、注文する時に言ってほしかったと思う。
やはりワカさんは苦手なタイプかもしれない。
次の日、事務所に来た僕は早速村上さんにワカさんの話をすることにした。
一部始終を話し終えると、彼は紅茶を飲みながらものすごく怒りのオーラを発する。
「ど、どうしたんですか?」
何で怒っているのか分からず、僕は恐る恐る彼に尋ねた。
「良い度胸じゃねえか。まさかあっちから宣戦布告してくるとはな。ぶっ潰してやる」
しかし話を聞いても理解が出来ない。
僕が何かをしてしまったのかと、不安になってしまうほどだった。
「む、村上さん?」
「おい。そいつにまた会ったら、何も言わずに一発顔に入れるぞ。あいつ自身が言っていたようだが、俺達のライバルなんだからな」
その言葉を聞いて、ぼんやりとだが分かってしまう。
もしかしてワカさんは、ワカさんこそが村上さんの師匠を……。
僕は、絶対に顔面に一発入れてやろうと決めた。
それは僕の為にも、村上さんの為にもなるはずだ。
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