26.対立





 僕が働いている、祓い屋の所長である村上さんは優しいとは思う。



 たまに色々と慈悲が無い時もあるが、それは相手の方が悪い。

 近くで見ている僕がそう思うのだから、彼は一般的に見ても優しい方なのだろう。




 しかし誰にだって、譲れないものはある。





「いい加減にしてください!」


「それはお前の方だ。俺は譲るつもりは無

 い」


 その日、僕と村上さんは言い争っていた。

 雇い主だという事も忘れて怒鳴る僕に対して、村上さんも静かにだが怒った。


 原因は意見の不一致。

 お互いに譲る事が出来ずに、どんどんヒートアップして、もう後に引けなかった。


「しばらく休みます! 有給休暇で!!」


「過ぎたらちゃんと休み扱いしてやるから、好きなだけ休め。満足出来る答えが言えるまで、帰ってこなくていいからな」


 部屋を出ていく前にかけられた、今までに無い冷たい言葉に怯んでしまいそうになるが、それでも僕は勢いよく扉を閉めた。





 それからもう1週間も経ってしまった。

 今までずっと家にいたのだが、僕はもう後悔している。

 あんなに言うほどでは、無かったはずだ。


 しかし変なプライドが邪魔をして、僕は謝る事が出来ないでいる。

 村上さんからも全く連絡が来ないから、更に頑なな気持ちになってしまう。



「……出かけるか」


 このまま家のいたら嫌な想像ばかり浮かんでくるので、僕はあまり気が乗らなかったが外へ出る事にした。

 気分転換にも良いだろう。




 どこに行けばいいか分からず、結局いつも来る神社に僕はいた。

 誰か掃除してくれる人が出来たのか、綺麗な境内のおかげで掃除する暇つぶしが無くなってしまった。


 だからやる事が無くて、ただ賽銭箱の隣で膝を抱えてボーッとしている。


 空を見上げてみれば、雲がゆっくりと流れていて。

 いつしか、僕は空を見上げる為に寝転がっていた。




「あの雲、何だかヒヨコみたいだなあ。でも段々崩れていって、幽霊になりそう。……あはは」


 一歩間違えれば不審者な行動だが、ここの神社に来る人はほとんどいないので大丈夫だろう。

 それをいい事に、僕はただひたすら雲を違う何かに置き換える遊びをしていた。



 ひたすらやっていれば、段々と空が薄暗くなってくる。



「もしかして雨でも降るのかな?」


 傘を持ってきていないので、それはとてもまずい。

 僕は慌てて起き上がると、神社から急いで離れた。




 雨が降る前にはと僕は家へと急いで帰っているのだが、何故だか分からないが全く辿り着く気配が感じられない。

 僕は帰りたいと思っているし、道も間違えていないはずなのに。


「どうしてだろう?」


 何でかなんて、すでに分かっていた。

 それでも分からないふりをしていたのは、今の状況を僕がどうにか出来るわけが無いと恐れていたからだ。


 助けを求められない。

 村上さんとは喧嘩をしている最中なのだ。

 自力で何とかする以外に方法は無い。



 僕は背中に感じ始めた気配を目印に、勢いよく振り返った。


「うわっ!?」


 そして、そのままの勢いでそれから逃げる。


「無理無理無理無理無理無理無理無理!! 絶対無理!!」


 自力で何とかするとは言ったが、無謀だった。

 あれは、僕がどうにか出来るレベルの物ではない。


 後ろからものすごいスピードで迫ってくるそれに、絶対に追い付かれてはならないと本能が告げている。

 しかし全速力で走っているのに、差はどんどん縮まっている。


「嘘だろ? 死亡フラグってやつ? ものすごく悲しい結末しか思い浮かばない!」


 本当に追い詰められた時に僕は、意味も無い事を話してしまう様だ。

 別に知りたくもなかった癖だし、こんな状況になるぐらいだったら知らない方が良かった。


 最近運動不足だったので、そろそろ体力の限界だ。

 そのせいでスピードは落ちていき、もう少しで追い付かれる。



 もはや人生を諦めかけたその時、ヒーローは良いタイミングでやってきた。


「久しぶりだな。それでこいつ誰だ?」


 後ろからのんびりした声と共に、嫌な気配が一瞬で消えた。

 僕はその聞き覚えのありすぎる声の主を確認するため、先ほどよりは随分とゆっくり振り返る。


 そこには予想通りの人物が立っていた。


「どうも村上さん。それは知らない人です」


 その手にぶら下がっているものは、もしかしなくても僕が逃げ続けていた相手なのだろうか。

 すでにボロ雑巾みたいになっている。


 村上さんだったら、どうにかなるとは思っていたが本当に凄い。


 僕はただ茫然とその姿を見つめて、そして耐えきれず笑ってしまった。


「はは。すみませんでした。ありがとうございます」


 安心感から、くだらないプライドなど考えていられなくなる。

 今まで頑なに村上さんと連絡を取らなかった事が、馬鹿みたいだった。



 村上さんは手に持っていたものを、遠くへ放り投げる。

 飛んで行ったそれは、そのまま消えていった。



 呆気なさすぎる終わりは、彼なら仕方のない事だ。

 僕は安全を確認すると、近づく。



「何でここが分かったんですか?」


「たまたま通りかかっただけだ」



 問いかけにバレバレの嘘をつかれるが、そう言う事にしておこうとあえて深堀りしない。

 彼の隣りに立てば、何だかしっくりときた。


「明日から、仕事行きますよ」


「おう」


 そう思っているのが僕だけじゃないといいな、と考えながら一緒に歩く。





「そういえば、俺が言った通りだっただろう。幽霊は、女の方が気持ち悪いのが多い」


「……ソウデスネ」


 大人だったら、たまには譲らなくてはならない時があるのだ。

 僕は片言ではあるが、彼に同意した。



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