25.鬼に金棒
鬼に金棒。
ただでさえ強い者に、一層強さが加わる事。
僕はこの状況を、過去に一回見た。
それは、とても強烈で一生忘れる事は無い思い出だ。
春、各地で桜の開花宣言が発表され、 花粉症の僕としては辛い季節。
祓い屋には、少し特殊なお客様が来ていた。
「だから申し訳ないのですが、うちのお祭りの花形である『にえ様』をやってもらいたいんです」
吉田と名乗った女性は、廃れかけている伝統を保護する会の会員という、少し怪しい肩書きだった。
吉田は別に霊に脅かされているわけでも、何か困っているわけでもない。
ただし、また違った面倒な依頼を持ってきていた。
所属している会の名前通りに、とある村の200年以上続く祭りを今回盛り上げようとしているらしく。
その為に、村上さんに白羽の矢を立てたようだ。
まさかの祭りの主役の『にえ様』というのを、村上さんにやらせようとしている。
しかも驚きなのは。
「何もないし、良いぞ」
村上さんが、何故かとても乗り気だという事だ。
珍しい事もあるもんだと思いながら、僕は祭りの日周辺のっスケジュールを確認する。
他の依頼は何とか調整できそうだし、村上さんも僕もあいている。
これなら準備も含めて、かなりの余裕があるな。
それを確認すると、村上さんに頷いて合図する。
そういうわけで、僕達は祭りに参加をしに『クチナシ村』に行く事となった。
「まさか結構近い所に、こんなに雰囲気のある田舎があるとは思いませんでした」
乗ってきたバスを降りて、僕は目一杯息を吸い込んだ。
澄んだ空気がとても心地いい。
たまにはこういう所に来るのも、仕事とはいえ良いものだ。
村上さんもそう思っているらしく、心なしか表情が緩んでいる気がする。
「えーっと祭りは明日の夜だから、今日は軽い打ち合わせでしたよね。でも、そんな急に出来るものなんですかね」
腕時計を見ると、時刻は昼を過ぎている。
ここから村の人に挨拶して、そこから『にえ様』について教えてもらい練習をする。
結構なハードスケジュールになりそうだ。
まあやるのは僕じゃないから、そこまでプレッシャーを感じていないが、村上さんのせいで僕にも役目を割り振られている。
「大丈夫だろう。それよりも司会、頑張れよ」
まさか、そんな事をやらされるなんて。
人前に出る機会など、今まで全くと言っていいほど無かったので、それについては緊張している。
それでも台本はあるから何とかなるだろう、という楽観的な考えがある事も確かだ。
村の人達には、概ね歓迎を受けた。
たまによそ者を嫌う人には、少し睨まれもしたが特に表立って何かをする気は無いらしい。
心配していた祭りの打ち合わせも、そんなに手順が難しいものではなく問題は無さそうだ。
あとは明日を待つだけなので、僕達は時間を潰すために村の中を見て回る事にした。
「何も無い所ですから、つまらないと思いますけど。ああ、少し山を登るとお
泊まっている民家の人が、そう教えてくれたから山を登っている。
少しの間歩いていると、小さくはあるがお
「手入れがされているから綺麗ですね」
何だか心地いい気持ちがする。
たまに行く、実家近くの神社に似ている雰囲気のせいだろうか。
一緒に来た村上さんを見れば、すでに辺りを調べ始めていた。
僕はその後ろをついていくと、彼は奥へ奥へと進む。
そしてついには、たぶん入ってはいけないような場所まで来ていた。
「村上さん、そこは駄目じゃないですか?」
「黙っていればバレないだろ」
村人がいないからバレないとは思うが、それでも神聖な場所に入る事の背徳感が僕をむしばむ。
しかし村上さんにそんな気持ちは全く無い。
だから無作法にならないギリギリの所で、中を調査している。
そして、それを見つけた。
厳重にしまわれた箱の中に入っているのは、人のミイラだろうか。
テレビとかで見た事のある、造形をしている。
僕は慌てて村上さんの腕を掴んだ。
「これ、危ないんじゃないですか? それよりも、どういう事でしょうか。いつの誰のものなんですか?」
こんなものがあるなんて、緊急事態でしかない。
もしかしたら村の人達は、村上さんをこの姿にしようとしているのではないのか。
そんな恐ろしい考えも浮かんできた。
しかし村上さんは、あくまでひょうひょうとしている。
「いや、随分前の物だ。それに人間に殺された感じでもない。……そういう事か」
彼はまじまじと見つめて、1人納得したように呟いた。
何が分かったのか、僕には予想もつかない。
それでも聞かないのは、たぶん今聞いた所で教えてはくれないからだ。
これからどうなるとしても、僕はただ彼のサポートに徹するしかない。
お祭りの時間になった。
僕は村人の1人に渡された、台本を片手に滞りなく司会進行を進めている。
思っていたよりも大規模なお祭りなようで、村人全員が集まっているようだ。
老若男女とわず、皆が主役の村上さんを楽しみにしている。
「さてそろそろ、『にえ様』による舞を披露してもらいます。危ないので、舞台にはあまり近づかずに見て下さい」
そして、歓声と拍手に包まれながら、村上さんが舞台のそでからゆっくりと登場した。
その格好は正装ではあるのだろうが、全身真っ白で手にはとても大きな日本刀が握られている。
危ないから、刃の部分は潰していると聞いた。
村上さんは真っすぐを見据えて、静かに一礼する。
その途端、周囲の空気が変わった。
『あはは。にえが来た。にえが来た』
『今年のは一等上手そうだ。はよう食べたい』
『さっさとやってしまいましょうか』
男とも、女とも分からない複数の声が聞こえてくる。
そしてそれは、村上さんの周りに姿を現した。
「ひぃっ?」
誰かの小さな悲鳴が聞こえてくる。
恐らく、初めて祭りを見る子か。
慌ててその子の口を、保護者であろう人が抑えるのが見えた。
「……来たか」
村上さんはどんどん集まる異形の者たちを、冷静な目で見つめる。
『あはは』
『くいたいくいたいくいたい』
『おいで。こっちへおいで』
にわかに楽し気な声を出して、異形は更に村上さんを囲む。
そして前触れなく、一気に襲い掛かった。
どのぐらいの時間が経ったのか。
「す、すげえ」
近くにいる村人の無意識の言葉に、僕は当たり前だろうと思った。
今、舞台の上は村上さんの独壇場になっている。
斬っては捨て、斬っては捨て。
異形の者たちから出てくる悲鳴が、良いBGMになっていた。
まるで舞うように刀を振るう村上さんを、みんなが見とれてしまう。
僕もその内の1人だったが、それでももう少しで終わる事を判断するくらいは冷静だった。
「はい。終わり」
最後の一匹も難なく倒した彼は、日本刀を静かに戻す。
そして初めと同じように、一礼をした。
湧き上がる拍手。
興奮した村人たちは、舞台に上がり村上さんを囲んだ。
面倒くさそうに村上さんは、皆をあしらっている。
それをぼんやりと眺めていると、いつの間にか隣に吉田が立っていた。
「凄いですね。まさかここまでとは、思いませんでした」
「やはり確信犯だったんですね。この状況」
異形の物が出てからの村人の様子を見て、最初からこれが決まっていた祭りの形だと分かったが、僕達ははめられていたのか。
しかし吉田は、くすくすと笑った。
「そうですけど。村上さんも分かっていたと思いますよ。確かにあなたの言う通りで。この祭りは、数年に一度襲い掛かってくる者達を『にえ様』にどうにかしてもらうものです」
彼女はその『にえ様』を選別し、この村に呼び寄せる係だという。
「同じ人は使えないから、大変なんですよ。どうにか出来る人を探すのって」
僕は村人を蹴散らし始めた村上さんを見ながら、彼女に聞きたい事が1つ思い浮かんだ。
「今までの人達はどうなったんですか? 村上さんみたいに、倒せる人ばかりじゃないですよね」
吉田はその問いに、本当に辛そうに微笑む。
「そうですね。そういう人は、本当に『にえ様』になります。そして山の方にある
その言葉の意味を、僕はあまり深く考えないようにした。
村上さんと一緒に見つけた、あのミイラはきっと今までの『にえ様』だったのだろう。村上さんだからなんとか出来たが、そうじゃなかったらきっと。
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