24.出会う前の話





 これは、僕が祓い屋で働く前の話である。



 まだ大学に在学していて、人生をつまらないものだと思っていた僕。

 周りの人間に対しても興味を抱けず、ただ惰性で日々を過ごしていた。



 そんな僕の周りには、いつしか同じように何も考えていない人が集まってしまった。





「これから、肝試し行かねー?」


「いいよ」


 教室の移動をしている途中、楽しい事が好きでノリだけで生きている同級生の田伏が、僕の肩を組んで言ってくる。

 僕はそれに抗わずに、深く考えないで了承した。


「よっしゃー。じゃあ8時に、お前の家に迎えに行くから待ってろよ」


 了承した途端、ガッツポーズをして更にテンションを高める田伏。

 何がそんなに楽しいのか、冷めた目で見ながら僕は今日の予定が出来た事に安心する。

 退屈は嫌いだ。





 そして夜になり、田伏に迎えに来てもらい乗った車には、僕の他に2人の男女がいた。

 顔も名前も分からないが、恐らく同じ学部なんだろう。一体誰なのか。


 しかし本人にそんなことも言えないので、特に聞かなかった。知らなくても何とかなるだろうと思ったからだ。



 そして特に話すこともなく、車で揺られて1時間ぐらい。


「もうすぐ着くぞ」


 田節のその言葉で、目的地が近いことに気がつく。

 窓の外を見れば、確かに幽霊でも出そうなトンネルが見えていた。


「わー。怖いねー」


 そうすると一緒に乗っている女の方が、男にしなだれて騒ぎ始める。

 それを、特に何の感情もなしに観察した。

 よくよく見ていれば彼等が、まだ付き合っている関係では無い事が分かる。


 女の方が策士だな。

 結論が出れば後は興味はない。


 僕はまた、窓の外を眺めた。



 だんだんと近づいてきたトンネルは先が見えず、真っ黒な口で僕達を待ち構えている気がする。

 それに恐怖を感じたが、幽霊なんて非科学的なものはいないと自分を落ち着かせた。



 そして車がトンネルの前でとまる。

 僕はさっさと中から降りて、新鮮な空気を吸った。


 後から続いた男女は、未だに騒いでいて少し不快だ。

 しかし帰るまでは仲間だと言い聞かせて、肝試しの方に集中する。


「よし。それじゃあ、ここからは歩いて探検しようぜ。俺が先に行くから付いてこいよ」


 怖いもの知らずなのか馬鹿なのか、田伏は嬉々として懐中電灯を片手に軽快に歩く。

 その後を追いながら、僕は男女より先に行った方がいいのかと迷い、結局田伏のすぐ後ろについた。



 入ったトンネルの中は、秋だから暑くはないが、湿っていて時折上から水滴が落ちてくる。

 その度に女の悲鳴が聞こえるが、無視した。勝手に男とイチャついていれば良い。


「そういえば。ここはどんな噂があるんだ?」


 トンネルをただ歩いているだけじゃ緊張感が無くなってきて、僕は田伏に尋ねた。


「ん? えーっと、ここで昔大きな事故があって、それ以来死んだ人が出るとか。結構有名らしいけど。俺もよく分かんね」


 何とも曖昧であやふやな情報なのか。

 僕は一抹の不安を覚えたが、後からの声を聞いて落ち着きを取り戻す。


 いい加減、後ろの2人は雰囲気作りの為に黙っていてほしい。

 その様子に救われたとは絶対に認めたくなくて、僕は存在を意識の外に追いやる。



 そうしている内に、トンネルの外が見えてきた。


「特に何も出なさそうだな、引き返すか」


 とてもつまらなそうな田伏に、内心で同意しつつ僕達は元来た道を戻る。

 真っ暗で僕達の足音しか聞こえなくて、本当に幽霊が出そうな感じはあるのだが、今の所全く何も無い。


 まあ現実はこんなものか。

 少しがっかりしつつ、そうそう無い経験が出来たとポジティブに考えていれば、乗ってきた車へと戻ってきた。



 田伏のがっかりとした、本当に大きなため息を聞きながら、そういえば帰りは後ろが静かだったなと思った僕は何気なく振り返る。




「……え?」



 しかし、そこには誰もいなかった。

 まさかはぐれてしまったのか、慌てた僕は前にいる田伏に声をかける。


「お、おい。田伏」


「何だ?」


 僕の呼び掛けに面倒くさそうに振り返った田伏は、事が重大になっているのに気がついていない。

 だからこそ危機感を持って欲しくて、少し大げさに報告する事にした。


「あの2人がいないんだよ。もしかしたら幽霊に、取り憑かれたのかもしれない。それか連れ去られたのかも」


 予想はいちゃついて遅くなっただけだと思うが、全員がそろうまでは帰る事は出来ないだろう。

 明日も学校はあるし、早く帰りたいので田伏の力を借りて2人を探そうと打算的に考える。


 しかし返って来たのは、田伏の訝し気な顔だった。

 何でそんな顔を向けられるのか分からず、僕は首を傾げる。


「どうした?」


 田伏はその顔のまま、僕の後ろを見た。





「あの2人って誰の事? 今日は俺達だけで来ただろう?」



「……は?」



 僕はその言葉に、後ろを振り返る。

 先の見えない真っ暗な道。

 そこから女の笑い声が、聞こえてくるような気がして。



「か、帰るぞすぐに!」


「あ? お、おう。分かったよ」



 田伏をせかして、僕は車に乗り込んだ。

 彼も事態が追い付いていないのか少し戸惑っていたが、それでも運転席に乗ってエンジンをかける。


 ホラー映画によくある様に、エンジンがかからないといった事は無く僕達はその場から勢いよく立ち去った。





 それから僕の家まで、お互い気まずいまま会話も全く無く帰った。

 会話をして情報を交換して、嫌な事を確認してしまうのが怖いからだ。

 車を降りる時も、特に挨拶もしないでいた。



 そうして肝試しは気まずいまま終わった。

 その後、田伏との付き合いは徐々に薄れていく。


 たまにすれ違う事もあったが、顔色は悪くても元気そうだった。

 だからこの話は、特にオチの無いまま終わる。

 何かに呪われたわけでもないし、それからあの男女に出会うという事も無かった。



 祓い屋で働くようになって、所長の村上さんに一度話したが、興味が無さそうだったのでたぶん安全なのだと思う。


 今は大学も辞めてしまい、田伏に会わなくなったから絶対とは言えないけども。




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