23.迷惑な





 その日、祓い屋に来た依頼は珍しく近所の商店街からだった。


 あまり買い物をした事は無いのだが、噂に聞く所すっかりさびれているらしい。

 そんな商店街が何の依頼だろうか。


 僕がちょうどいない時に受けたので、詳しい内容が分からなかった。


「俺もよく分からない。まあ行って説明してくれるだろう」


 頼みの村上さんは、話をよく聞いていなかったのか使えない。

 だから依頼人のいる商店街に行って、初めてどんな内容なのか分かるのだ。


 噂通りのさびれた道を歩きながら、僕は内心で呆れいていた。





「すみません。わざわざお越しいただいて、ありがとうございます」


 出迎えたのは、古希も通り過ぎたであろう男性だった。

 杖をついて立って、おぼつかない足取りで僕達を案内する。


 その後ろを追いながら、どんな依頼内容なのか全く見当がつかなかった。



 着いた先は、少し大きめの部屋だった。


「ここは、商店街の皆と会合をする時に使う場所なんです。どうぞ遠慮なく座ってください」


 確かに言う通り、長い机とたくさんの椅子がある。

 僕は村上さんを先に促し、その隣に座った。


「じゃあ依頼の内容を、再確認させてもらっても良いですか」


 目の前に座った男性は、古関と名乗る。

 何となく予想はしていたが、商店街を取りまとめる会長だと言う。


 それにしても、もう一度説明をしてくれるとは親切な人である。



「この前は実物をお見せ出来なかったので、持ってきたんです」


 古関は傍らに置いてあった紙袋を机の上に置き、何かを丁寧に取り出した。


 それは、とても精巧に出来た人形だった。


 日本人形とは少し違うが、着物を着た30センチぐらいの大きさの少女をモチーフにしていたもの。

 こういうのが好きなマニアは、喜びそうな代物だ。



「すごい、ですね。それは?」


 僕は素直に、その人形を褒めた。

 それほどまでに、とてもすごいとしか思えなかった。


 古関は頬を緩ませて、手に持つ人形を褒める。


「そうでしょう。これは、私の経営している骨董品屋で売っているものなんです」


 その笑みは、まるで孫でも見ているかのようだ。

 本当に大事にしているのだろう。


「これは、ある人に譲ってもらったものなんですがね。この人形について、困っている事があるんです」


「何ですか?」


 僕が尋ねると、古関は本当に言いにくそうに顔をしかめた。

 しかし深くため息をつくと、渋々話し出す。


「……この人形を買った人は、必ず不幸になるんですよ」


 それは僕の予想の斜め上をいく内容だった。



 人形はとても精巧に出来ているので、買いたいという人が後を絶たないらしい。

 特に非売品というわけでもなく、古関は普通に売る。

 しかしそれから数週間と経たない内に、人形は店に戻ってくる。


 買った人の不幸話と共に。



「不幸といっても、些細な事ではあるんです。転んだとか、物を無くしたとか、そんなんです。しかし買った人は、人形のせいだと言って返しに来る。それがもう10人以上も続いていて。今では不幸の人形とまで言われるようになってしまい、商売あがったりなんです」


 古関は疲れた顔で、そう話を締めくくった。

 つまり今回の依頼内容はというと。


「この人形が本当に、不幸にしているのかどうか確かめてください」


 やはりそうか。

 僕は隣に座る村上さんを見た。


 彼の視線は人形に向けられたまま、瞬きさえもしていなかった。まるで生きていないかのようだ。


 しかし僕が見ている事に気が付いたのか、こちらを見た。


「受けるんですか?」


 たった一言。

 それだけでも彼には通じたようで、また人形の方を向いて軽く頷く。


「では、しばらく預からせてもらいます」


 古関は村上さんの言葉に、安堵の表情を浮かべた。

 そして人形を紙袋の中に戻すと、ゆっくりとこちらに近づき手渡してくる。


「すみません。お願いします」


 僕が受け取ったが、思っていたよりも重みがあり、慌てて両腕で抱えた。

 何だか話を聞いたせいか、腕の中の存在が今にも動き出して不幸を運びそうで緊張してしまう。


「結果が分かり次第、連絡しますので。失礼します」


「あ。ああ」


 村上さんは勢いよく立ち上がり、古関に軽く礼をするとそのまま部屋を出た。

 そのあまりにも早い動きに、ついていけなかった古関に深く礼をするとその後に続く。


 一応、人形に何か無い様に丁寧に運びつつ。





 それから人形との生活が始まった。

 何故か、村上さんは僕にそれを任せた。


 謹んで辞退したかったのだが、彼の雰囲気がそれを許さなかった。


「家の中から絶対に出すなよ」


 村上さんはそんな注意をして、後は放置した。

 そうして渋々引き受けたわけだ。

 しかし今の所、これといって変わった事は無い。


 とりあえず人目のつかない、ベッドの脇においているが、夜中にトイレで起きて驚く以外は不幸らしい不幸も起こっていない。



 人形は特には関係してなかったのか。

 数日がすぎて、そんな結論に達していた時。


 事件は起こった。





 その日は思っていたよりも、早く事務所に着いた。

 村上さんはどこかに出かけているのか、誰もいない部屋の中は静まり返っている。


 あまりにも静かで、僕は持ってくるように言われていた人形に話しかけて、時間を潰していた。



「君は誰に作られたんですかね。呪いの人形と呼ばれるのは、やっぱり辛いですか」


 当たり前だが、答えは無い。

 それでも暇な時間は無くなるので、しばらくそれを続けていた。

 しばらく楽しんでいると、部屋の外から足音が聞こえてくる。


 歩き方からして村上さんだなと判断し、僕は出迎える為に立ち上がった。



 ノブの回される音。

 ゆっくりと開かれる扉。


「おはようございまっ⁉」


 笑顔で挨拶をしようとした僕は、入ってきた村上さんの姿を見て固まってしまった。


「ど、どうしたんですか? その傷、早く手当てしなくちゃっ!」


 彼は全身傷だらけになっていた。

 顔も腕も足も、全部にたくさんの傷がついていて血もにじんでいる。

 まるで何かに襲われたかのようだ。


 僕は慌てて事務所に常備している救急箱を取り出し、彼をソファに座らせた。

 そして傷の手当てをし始めるが、一応深い傷が無いのを確認して少し安心する。


「何があったんですか?」


 傷を消毒しながら聞く。

 消毒される痛みに顔をしかめていた彼は、静かな声で一言言った。


「押された」


 僕は何があったのかを理解して、そして怒りから頭に血が上る。

 誰が彼にそんな事をしたのか。

 思っていたよりも、僕の中で村上さんの存在は大きいようだ。


 手当が終わったら、犯人を探しに行って血祭りに上げてやる。


 そう決意していると、いきなり額に鈍い痛みが走った。


「いたっ! 何するんですか?」


 ハッとしつつ、犯人である村上さんを睨むと、彼は子供を見るかのような目をしていた。

 その手の形から、デコピンをされたのだと分かる。


「俺がやる」


 そう言って笑った彼の顔は、同じ男から見ても本当に格好良かった。

 それと同時に、犯人に死亡フラグが立った事を示していた。





 数時間後。

 僕達は人形を片手に、商店街の入口に立っていた。


 そして中の道には、依頼人の小関を含めてたくさんの人が集まっている。

 恐らくというか、絶対に商店街のお店の人だろう。

 皆、こちらを睨んでいる。


 その視線の強さは、思いがなせるものか。


「あんた」


 古関が一歩前に進み出て、杖を振り上げて威嚇して来た。


「何でまだ生きているんだ」


 そして声を荒げて言う。


「やっぱり、犯人はお前達か」


 村上さんは特に何の感情もこもっていない態度で、前へと歩く。

 ちゃんとその手には、人形を持っていた。


「この人形はおとりというか、目印か。これを買った奴に対して、そこにいる全員で嫌がらせしたんだろう。何が目的だ」


 殺気を隠そうともしない古関は、杖の狙いを村上さんに定める。


「目的? そんなのは簡単だよ。見ての通り、すっかりこの商店街もさびれちまってな。皆うっぷんがたまってるんだ。だから、そのはけ口が必要だろう?」


 この人達は、一体何をそんなに偉そうに言っているんだろう。

 僕は湧きおこる嫌悪と怒りに拳が震えた。

 しかし前に立つ村上さんに全てを任せようと、その手を何とか緩める。


 彼は自分の元に杖がぎりぎり届かない距離で止まり、人形を掲げた。

 その動きに、向こう側が一瞬戸惑うがすぐに殺気を元に戻す。


「そんなんで殺されてたまるかよ。お前等、これで何人目だ? そろそろ限界になりそうだぞ」


「何の話だ。とにかく知られたからには、生かしておけないな。その後ろの坊やと共に、死んでもらう」


 それぞれが手に包丁、金属バッド、フライパンと様々なものを持つ。

 古関も杖を村上さんの頭に振り下ろそうと、近づこうとする。



 その時だった。

 村上さんの手に持っている人形から、微かに声が聞こえだす。


「……ナイ。ユルサナイ。ユルサナイ。ユルサナイ」


 恨みがましい女の声。

 それは段々と大きくなっていき、ついには辺り一帯に響いた。


「ひいっ」


「何だ何だ」


「あの人形からだ」


「嘘だろう。あれは何の変哲もないものだぞ」


 途端に騒ぎ始める人達を、僕は馬鹿にした気持ちで見つめてしまう。

 そろそろ終わりだろう。


「ノロッテヤル。オマエタチミンナノロッテヤルカラナ!!」


 人形のその声は、全員の耳に入った。

 皆、顔を青ざめさせて震え、そして気持ち悪さから崩れ落ちる人もいた。


 村上さんは踵を返すと、僕に人形を渡す。

 その目には、何の感情も浮かばないままだった。



「帰るか」


「はい」



 僕は最後に全員を見た。

 霊感の無い僕にも分かる。


 これでみんな呪われた。

 自分たちの手で、自らを呪ったのだ。





 それから何日も経たない内に、商店街が閉鎖したという噂を聞いた。

 お店の人の大半が、夜逃げの様に逃げていったらしい。


 それについて、特に感想を抱かなかった。


 さて、持ち帰った人形はどうしたかというと。

 祓い屋の看板人形になっている。

 その可愛らしさに、従業員も始め依頼人も癒されている。



 時々、彼女の方から物音や話し声が聞こえてくるのを除けば、特に問題は無い。

 本来は大人しい性格の子なのだ。




 呪いなんてものを、掛けられる力も持っていない。




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