22.甘味





 その性格に似合わず、村上さんは甘いものが好きである。


 3時のおやつに、気づけば何かを食べているし。

 しかもそれは自分で買ってきたもので、食べている時の顔も緩みようといったら、笑ってしまいそうになるぐらいだ。


 僕もたまに食べさせてもらう事があるが、さすがこだわっているだけあって、とても美味しい。



 甘いものを食べる時間というのは、村上さんにとってなくてはならないものなのだと、僕は常々思っている。





 それが最近、脅かされていた。

 何故だか分からないが3時のおやつの時間になると、ちょうど急な用事が入る様になったのだ。

 だからここしばらく、村上さんは甘いものを食べる事が出来ていない。


 別の時間に食べれば良いと思ったが、変なこだわりのある彼は頑なにそれを拒んだ。

 そのせいで機嫌が悪くなっているのだから、僕の立場からすれば少し迷惑である。



 今現在も依頼人に対して、ものすごい目で見ながら貧乏ゆすりをしている。

 その姿に武田と名乗った男性は怯えた顔をして、僕に助けを求める視線を投げかけてくる。


「村上さん貧乏ゆすりを止めて下さい。顔の怖さも相まって、煙草のヤニ切れみたいに見えます」


「ああ?」


 さすがにこのままだと、武田が帰ってしまう。

 僕は大きくため息を吐いて、村上さんをたしなめた。


 しかし返って来たのは、鋭いにらみと低い声。

 武田の小さな悲鳴が聞こえてきた。


「すみません。あなたに怒っているわけじゃないので、安心して下さい。それで、依頼の内容は何ですか?」


 村上さんがポンコツなので、僕が何とかするしかない。

 優しい顔を意識しながら、話しかければあからさまにほっとした顔をする。


「えっと。最近、妙な手紙がポストに入っているんです」


 そう言って彼は、机の上にたくさんの紙を置いた。

 僕は了承を得て中身を見せてもらう。


 それはシンプルな便せんだった。

 達筆な文字の中身は、一見すると特に変わった所は無い。



 しかし中身を読んで、すぐに僕は顔をしかめた。


「これ、全部同じ内容ですか?」


「……はい。全部、ここの事務所を示す道案内が書かれています」


 最初から最後まで、何度読んでも書いてあるのはこの事務所への案内。

 本当に事細かすぎて、場所を知っている人以外には絶対に書けない内容だ。


「何だそれ。新しい広告にでもするのか?」


 僕がずっとその手紙を読んでいたら、今までぼーっとしていた村上さんが隣りから覗き込んでくる。

 そして何とも的外れな事を言ってきた。


「違います。依頼人の方が持ってきたものです。だから誰かが作ったので、本当に大変な状況だと思います」


 甘いものが食べられないと、ここまで駄目人間になってしまうのか。

 村上さんの力を借りられないのは、とても辛いがこの状態では仕方がない。


 手紙を武田に返すと、僕は深く考え込む。

 誰がこれを書いて、何故彼に送ったのだろう。


 目的も理由も分からず、何の手掛かりもない。

 しばらく考えてみたが、答えは全くでなかった。



「あの。これをどうにかする事は出来るんですよね? 気味が悪いんですよ。毎日の様に、ポストに入っているのを見るのは」


 無言の空間に耐えきれなくなったのか、武田が早口で聞いてくる。

 その顔いっぱいに不信感が出ていて、僕は少し焦ってきた。


「は、はい。何とかします。でもその前に、ちょっと別の部屋で作戦会議をしますので。お待ちください」


 さすがに、何もしないまま返すわけにはいかない。

 僕は未だにふ抜けている村上さんの腕を掴んで、隣の部屋に移動をする。



「何するんだ」


「無理やり連れてきたことはすみません。でもさすがに限界です。ちょっと失礼します」


「はあ?」


 意味が分からないと言った顔をした村上さんの顎を掴み、油断して開いているその口に用意しておいた大福を突っ込んだ。


「んぐっ!?」


 目を白黒させて吐き出そうとしているが、僕は手で押さえる。

 吐き出す事を諦めた村上さんは、もぐもぐと口を動かしてゆっくりと飲み込んだ。


 ちゃんと食べ終わったのを確認すると、口から手を外した。


「無礼な真似をしてすみません。でも、こうでもしないと」


「戻るぞ」


 彼は素っ気無く、それだけしか言わなかった。

 しかしその目に戻った光を見て、僕は自分の行動が正しかったのだと安心する。


 そして部屋を出ていく彼の後を追いつつ、小さくガッツポーズをした。





「あの。私、あまり時間が無いから早くしてほしいんですけど」


 部屋に戻ると、腕時計を見ていた武田が焦った顔で言ってくる。

 そんなに待たせたつもりはなかったが、かなりイライラしているようだ。


「任せろ。お望み通り、さっさと終わらせてやるよ」


 しかし、武田の態度に怯えるような村上さんではない。

 強者の笑みを浮かべて、ソファに座る。


「そうは言ってもね。あんた、さっきから睨んできたりさあ。態度が悪いんだよね」


「静かに。この手紙がもう来ないようにすればいいんだろ?」


 相手の怒りも軽く流し、何故か偉そうな村上さん。

 僕はその隣で緊張しているが、彼なら何かをしてくれるだろうと任せる事にした。


「ま、まあそうだけど。あんたに出来るのか?」


「簡単簡単。あんたが止めれば良いだけの話だ」


 そして時が止まる。

 武田の呆然とした顔が、すぐに真っ赤に染めあがった。


「な、何を勝手な事を! 無礼だぞ!」


 掴みかかるんじゃないかというぐらいの勢いで、村上さんに詰め寄ってくる。

 しかしそれをかわして、彼は馬鹿にした顔を浮かべた。


「そんな事していいのか? 正しいって認めているようなもんだろう? まあ、そうじゃなくても見せてもらった手紙に何の念もこもっていなかったから、明らかなんだけどな」


 ぐうの音も出ない武田。

 その様子は、本当に村上さんが言っている事が正しいと示している。


「それは、まあ良い。でもな、お前今日の為に色々と邪魔してくれたよなあ? 俺は今、とてもイライラしているんだ」


 死んだな。

 脇で眺めながら、僕はそう思った。


 村上さんの絶対に侵してはならない領域に、土足で踏み入れたようなものだ。

 何とも命知らずな人である。



 すぐに聞こえてきた悲鳴をBGMにしながら、僕はもう一つ持っていた大福の包みを開けた。






「あ。お前のさっきの行動も、許してないからな」


 その言葉に、大福は許してもらう材料としてとっておこうと、泣く泣く食べるのを諦める。

 あとは、甘いものは絶対に切らす事は無いようにと心に決めた。



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