21.頭の上で
「助けて下さい」
その日、祓い屋に来た依頼人の姿は異様としか言えなかった。
彼女は前日に、電話で依頼をした。
『先に言っておきますが、私の姿はとても醜いです』
最後にそう言い残したので、どれだけ酷いのかと覚悟はしていたのだが。
想像以上だったとしか言えない。
入ってきた当初からおかしいとは思った。
頭全体を覆う紺色の布。その中から、顔だけを出していた。
そして、その覆っている布の大きさがおかしかった。
明らかに頭1個分では無い。
むしろ倍以上のものを、布は何かを包んでいた。
「すみません。布を被っているのは、人目につくからなんです」
立川と名乗った彼女は、本当に小さな声で話す。
よくよく耳を澄まさないと、全く聞こえないぐらいだった。
布から出ている顔は、綺麗なんだが幸が薄そうだ。
しかも濃い隈が出来ていて、その魅力を半減させている。
「あの。電話でも言ったのですが、私の姿はとても醜い。状態を確認してもらうために、今からこの布を外します。しかし驚かれるのは、少し辛いです。覚悟が無いのなら見ないでください。お願いします」
村上さんというよりも、顔は僕に向けられていた。
僕は心配ないとの意味を込めて、軽く会釈をする。
立川は不安そうな顔を崩さなかったが、しかし大きく息を吐いて布を外し始めた。
思っていたよりも頑丈に布を巻いていたようで、外すのに手間取っている。
手を貸すわけにもいかず、黙って見る事しか出来ない。
そして完全に布が外された。
そこから現れた姿。
僕は彼女の注意も忘れて、驚いてしまいそうになった。
立川の頭。
その上には、もう1つの頭があった。
しかも彼女と同じ顔で、しかし表情は激しい怒りと苦悶を浮かべていた。
何とか平常心を装って、村上さんを見る。
彼は彼女の姿をまじまじと見ながら、何かをメモ帳に書いていた。
手元を覗き込めば、何やら文字なのはわかったが形が特殊すぎて読めない。
しかし目線をどこにやればいいか困っていたので、書いている所をじっと見つめていた。
「なるほど」
1ページ丸々何かを書き終えると、村上さんは満足そうに頷く。
そして立川を安心させるかのように、自信満々の笑みを浮かべた。
「何個か話を聞いた後に、それはどうにかする。それで良いか?」
「えっと、あの。はい」
押し切られる形で、彼女は不安そうに了承する。
何を聞かれるか、怖いのかもしれない。
「そんな難しい事は聞かない。まずは、それはいつからどんな風に現れたか」
「1ヶ月前から、です。最初はおできみたいな感じで、それからたんこぶ。そしてどんどん大きくなって、顔も出てきて」
「そうか」
村上さんはメモを、また取る。
少しだけ書くと、顔を上げて質問を続けた。
「それが出てきたのに、心当たりは?」
その瞬間、立川の顔色が変わる。
視線をさまよわせて僕に助けを求めてきたが、それを無視した。
それを見て彼女は諦めたのか、言いにくそうに話し始める。
「心当たりは、一応あります。母から昔、聞いた話なんですが、私には双子の姉がいたそうなんです」
無意識なのか頭の上を撫でていた。
「でも、お腹にいる時に死んでしまったらしくて。その遺体は出て来なかった。もしかしたら、その姉なのかも」
確かにそれならば、顔が似ている理由も分かる。
分かるが、突然出てきてしまったのは何故なのか。
少し気になったけど、この空気の中で聞けなかった。
「分かった。じゃあ質問は終わりだ。それは祓ってやる」
村上さんはもう1ページ埋めると、メモ帳を閉じて立ち上がる。
そして祓う為の準備を始めた。
「あの」
「大丈夫ですよ。村上さんの腕は確かですから」
立川は不安さを隠し切れない顔だったが、僕は今度は安心させる様に微笑んだ。
「本当に、ありがとうございました」
晴れ晴れしい顔で、立川は頭を下げる。
その頭の上には、もう何も無かった。
布も持ってきていたカバンにしまっていて、すっきりとしている。
「もう出る事は絶対に無い」
村上さんは素気無くではあるが、彼女にとって救いの言葉を言った。
案の定、彼女は涙ぐみ更に深々と頭を下げる。
足取り軽やかな彼女が帰った後、今日の仕事は終わったので僕は村上さんに紅茶を淹れた。
「さっきは凄かったですね。まさか、切り取るとは思いませんでした」
先ほどの事を思い出しながら、しみじみと言う。
一歩間違えれば、とてもグロテスクになりそうだったが、村上さんの手腕のおかげか特に気持ち悪いとは思わなかった。
「それにしても。何で突然、あんな風に出てきちゃったんですかね」
「そりゃあ、乗っ取る力を蓄え終わったからだろう」
「え?」
僕の疑問にすぐに答えた彼の言葉。
その時は理解できずに流したが、あとになって分かった。
だから、あんな顔をしていたのか。
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