20.秘密




 祓い屋で働き始めて、結構な月日が経った。

 しかし未だに所長である村上さんについて、知っている事は少ない。


 どこで生まれ、何をして、どうして祓い屋になったのか。

 聞く事も出来ずに、僕はずっと気になっているままだった。





 しかしその日は、何でそうなったのか。

 お互いの昔の話を、ぽつりぽつりと話していた。


「僕は昔、バドミントン部に入っていました。そんなに強くなかったですけど、他の人は凄い人がいて全国大会まで行きました」


「ふーん。俺は帰宅部だったけど、1回だけテニス部の助っ人をやった事がある」


 これが思っていたよりも、楽しい。

 だから僕はその流れで、つい気になっていた事を聞いてしまった。


「あの、村上さんはいつ、霊とかを祓えるようになったんですか?」


 少し緊張したが、それよりも好奇心が勝った。

 村上さんは紅茶のカップを静かに持ち上げ、ゆっくりと飲む。

 僕は機嫌を損ねてしまったのかと、不安になったが特に気にした様子は無さそうだ。


「そうだなあ。……とある人に教えてもらったんだ」


 どこか懐かしむように、彼はまた紅茶を飲む。




「とある人って誰ですか?」


「ん? まあ、師匠みたいなもん」


 彼は何て事の無いように言っているが、僕としては衝撃だった。

 師匠がいたとは、本当に驚きだ。

 何だか生まれた時から、村上さんはすでに完成していたかと思ってしまっていた。


「えっと、どんな人でしたか?」


「鬼」


 彼はたった一言、それ以降は何も言おうとしない。

 僕はそれ以上、聞く勇気もなく妄想は膨らむばかりだった。


 鬼。村上さんが言うほどだから、本当に恐ろしい人だったのか。

 男か女。むしろ性別を超えた存在かもしれない。

 その人は今、何をしていて。村上さんに何を教えたのか。


 考えるだけで、とても楽しくなった。


 しかし想像を膨らませたくて、さらなるエピソードを僕は求めた。

 最初は渋っていた村上さんも、何度もお願いをすれば嫌々ながらも話始める。




「その人の元に一緒にいた時、俺はまだまだ力が弱かった」


 力の弱い村上さんなんて想像が出来ない。

 色々な茶々を入れそうになったが、我慢をする。


「でも、そんなのを許してくれる人じゃないから。ある日、連続殺人鬼の出るという所に、1人で置いて行かれたことがある」


「へ?」


 それは何の罰なんだろう。

 どんな人かは分からないが、あまりお知り合いになりたくないと思ってしまった。


「しかも近くの木に括り付けられた。止めてくれって何度も言ったが、本当に危ない時は何とかするって、そのまま帰っていった」


 僕だったら確実に死ぬ。

 何も出ない場所だとしても、夜に外の木に括り付けられたら気絶だけじゃすまなそうだ。


「それで?」


「幽霊は出た。しかも生前使っていたのか、出刃包丁を持って。俺は手も足も使う事が出来なかった」


 そしてどうなったのだろうか。

 今、村上さんがこうしているのだからよほどの事態にはならなかっただろうが、それでも何かはあったはずだ。


「気が付いたら朝だった。周りに何もいなかったし、体も何とも無かったから除霊は無意識にしたんだろう。そして師匠が縄を外して、俺を見て笑って言った」


「何て言ったんですか?」


 よくやった。とか、お疲れ様。とかかな。

 僕の中で恐ろしさがマックスな師匠という人だが、きっと優しさもあるはずだ。


 しかし村上さんは、自嘲気味に笑った。


「すっかり寝て遅くなった。それと、何ともなくて良かったな。だ」


 想像を超えすぎた回答に、僕は何とも言えない。

 村上さんも頭を抱えだしたので、それ以上何も聞けなかった。





 その後、師匠の話をする事は無かった。

 話が衝撃的すぎて、聞くのがとても恐ろしいと思ってしまった。

 もやもやが無いわけではなかったが、それでも村上さんが自ら言ってくれないのなら無理に聞くわけにはいかない。



 それでも彼の事を、少しでも知れたのは良い収穫だった。



 きっといつかは、他にも教えてくれるのだろう。

 僕の話も、これから色々と言えるようになりたい。



 秘密を持ったままでは、本当の信頼関係を結べないはずだ。

 でも師匠を紹介すると言われたら、絶対に断ろうと思う。



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